筆さんぽ

予期せぬこと 

2024年05月08日 ナビトモブログ記事
テーマ:筆さんぽ

「だれかが入院すると、お花が届けられるもんだって思ってたんだけど…」15歳のダグラスは母にいった。

彼にとって、これがはじめての入院だった。彼は死に至る病、白血病に冒されていた。彼のおばさんがこの話を耳にして花屋さんに電話し、ダグラスのもとに花を届けてくれるように頼んだ。注文を受けたのは若い女性で、おばさんは、花を贈る意味を理解していないだろうと心配だった。
「念入りにつくってほしいの。白血病のティーンエイジの甥に届けるので、ね」。
 
コラムニスト、ボブ・グリーンの『アメリカン・タイム』(集英社文庫)に、「ある“短い手紙”」という話がある。

 病院に届いた花は、とてもきれいだった。ダグラスは封筒を開き、おばさんからのカードを読んだ。封筒にはもう一枚カードが入っていた。
 「ダグラス君 お花の注文はわたしが受けたの。ブリックス生花店で働いているんだけど、じつはわたしも7つのとき、白血病が発病したのね。でもわたしはいま22歳、ピンピンしているんだから。お大事にね。わたしの心が君に届いているかしら。心をこめて、ローラ・ブラッドリー」
 彼の母によれば、瞬間、ダグラスの顔がパッと明るくなったそうだ。

 「あの子、たくさんの先生方と話しましたわ。でも、白血病が治ったという、あの花屋さんの女性から届いた1枚のカードだけが、病気には克てるんだということをあの子に信じさせられたんです」


 ぼくが好きな、蒸留酒の「ジン」にも予期せぬことがあった。
 ジンには、三人の恩人がいる。生みの親のオランダ人、
ロンドン・ドライ・ジンによって世界的な酒に磨き上げた育ての親ともいうべき英国人。そして、ジンにカクテル・ベースNo.1という栄光の地位を与えたアメリカ人である。


 なかでも、ジンの栄光はカクテルの王者マテニーの登場によってとどめをさす。このマテニーには一家言をもつ人が多く、自己流のレシピを譲ろうとしない。

当初はジンとベルモットの割合が1対1、それもベルモットは甘口のイタリアンだった。やがて次第にドライになりベルモットも辛口のフレンチ・ベルモットに変わる。割合も2対1から15対1までと、人それぞれのマテニーを主張するようになり、さらにはベルモットはちらと匂いを嗅ぐだけ、いや、ちらとベルモットのことを考えるだけ、というのさえある。

ジンは、擬人化すれば、自身が思ってもみなかった予期せぬ「変身」をした。この変身は、冒頭の「ダグラスくん」のように、みんなが笑顔になる。

人間の心というのは、ときに、予期せぬ、不思議な反応をするものである。



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