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たかが一人、されど一人

現場感覚 

2020年08月14日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

 お盆のさなかだからと言うこともあるが昔のこと、亡き人のことについて色々思いを馳せている。この世に生まれたのが1940年だから小中学校時代には周りに復員兵が沢山いた。学校が信大教育学部付属(旧長野師範)だったので毎年教生(教育実習生)が授業をする機会が設けられていた。中には海軍帰りの教生がいたりして戦時中の話をぽつりぽつりと直接聞くことが出来た。家に帰ると父の勤務先の長野県庁にも同じく沢山の復員兵や外地(現在は外国だが戦時中は日本領土だったのでこのように言った)からの引揚者がいて、そういった人からも戦時中の生の声を聞くことが出来た。その後長ずるにつれ戦争中の話は段々聞く機会が減っていったが、就職した後も得意先の幹部にはビルマ(現在のミャンマー)の戦線から九死に一生を拾って帰還された方がおられ、その人の言葉が忘れられない。「我々は学徒で動員された予備士官、どうしても士官学校出身の本物士官の横暴ぶりが我慢ならなかった。若い将校に対し一度軍刀を鞘ごと外して殴りつけたことがある。しかし彼等の偉いと言うか凄いと思うのは、彼等は死ぬことをなんとも思っていないこと。これだけは真似できない。」「我々はジャングルの中を敗走することになるわけだが、途中落伍者もでるし敵の追撃も迫ってくる。途中途中で何人かの殿を纏めて残して追撃を食い止め時間稼ぎをしなくてはならない。当然1人はリーダーが必要で、これに将校を当てることになる。彼は少ない人数で最後まで闘うので死が必然。しかしこの任に当たる事になった若い将校は誰もが平然と命令を受け止めていた姿が忘れられない。」彼は神戸の米問屋の若旦那で非常に優しいおじさんだった。話はインパール作戦の一環だったが、生き延びて本部に辿り着き、「〇〇中尉只今帰還しました。」と申告した途端に食らったビンタが忘れられないそうだ。これがなかったらその場で倒れて死んでいたかもしれないとのこと。その他にはガダルカナル島から帰還した人の話もあり、忘れられないので一昨日夜10時からNHK総合で放送された歴史秘話ヒストリア「ガダルカナル 大敗北の真相」を観て思ったことがある。人間が殺し合う戦争もそうだが、人間社会の現象には色々あって、多数の人間が関わり合う時、いつも同じと思ってもその時と場合で千差万別。微妙な違いが大きな齟齬を生んだりしがちなものだ。机上の空論ということが言われるが、現場経験を重ねた人間と現場経験が無い者の発想の違いから大きな悲劇が生まれたことを歴史は物語っている。いつの時代又どこでも現場感覚は尊重されねばならない。

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