ナビトモのメンバーズギャラリー

条件で調べる

カテゴリ選択
ジャンル選択

前の画像

次の画像

ギャラリー詳細

作品名 母と暮せば 評価 評価評価評価評価評価(5)
タイトル 誠実がもたらす その強き感光
投稿者 パトラッシュ 投稿日 2016/01/08 09:31:47

「監督 山田洋次」の名が、スクリーン中央に来て、画面が静止した。
音楽が止み、場内が明るくなった。
しかし、観客の誰もが、立たない。
珍しいことだ。
映画館では、往々にして、エンディングの長さに耐えかね、
場内がまだ暗いうちに、席を立つ客が居る。
しかし本日は、誰も立たない。

よくわかる。
この映画から、平常の自分に戻るには、少々時間がかかる。
私なんかむしろ、エンディングが短い、もっとほしいと思っている。
上映中、のべつ涙が滲み、時に、溢水に至ったりもした。
横には妻が居る。
きまりが悪い。
浸水の跡が、すっかり乾くまで、場内が明るくならないでほしかった。

もっとも、彼女だって、無事のわけがない。
私以上に、感情量の豊かな女だ。
それこそ、水浸しになっていた可能性もある。
但し、泣くのは女の特権だ。
ハンカチを手にするのも同じ。
それをしめやかに、顔に持って行けば、時に、絵になったりもする。
女性なら、誰でも・・・とは言わないけれど。

「惻隠の情」
古い言葉だが、この映画を語るに、私はこれを使いたい。
母は、死んだ息子の婚約者の、今後を思いやる。
彼女に対し、死者を忘れ、新たな人生へ、踏み出してほしいと願う。
一方、彼女の方は、これをこそ、操というのであろう、一度誓った愛を、
その人生の限りに、全うしようとする。

嫁の、姑に対する随順を越え、さながら実の母へのような、献身を見せる。
それも、嫁ぐに至らざりし身でありながら。
それだけに、余計に、その誠心というものが、美しい。

昨今の、軽く爽やかな愛に比べ、それは、なんとも粘度が高い。
そしてもちろん、純度もだ。
人間の精神生活は、その時代背景を抜きに、語れない。
戦争の悲惨と、それに続く、貧しい時代が、その純度を、より高めた。
と言うことになる。
だからこそ私は、惻隠などという、今の若者にとって、死語にも近い言葉を、
この映画に、使ってやりたくなった。

死んだ息子と、母親との対話が、微笑ましい。
死者と語る。
生きているように見せる。
映画ならではの手法だ。
井上ひさしの着想を、巧みに取り入れている。

母親役の、吉永小百合がいい。
「美しく歳を取る」その見本のような人だ。
それも外形の美ではなく、内面からにじみ出るもの。
その美しさが、セリフの一つ一つ、一挙手一投足にまで、
さながら庵室に、上質の香を焚き込めたように、流れている。

息子役の二宮和也もいい。
とびきりのイケメンではなく、何処かとぼけた味のあるのがいい。
婚約者役、黒木華もいい。
彼女のその、かすかに憂いを含んだ、いじらしげな顔が、
古い時代の映画に、よく似合う。

貧しい食卓、ヤミ屋、戦争で親を失った小学生など、
戦後の風景を、哀しくも鮮やかに見せながら、物語は進み・・・
海を見下ろす、長崎の町はずれ。
坂道を上り来るのは、ようやく運命を受け入れ、
新しい人生へ踏み出そうとする、かつての婚約者。
彼女が伴うのは、戦地で片足を失い、今は松葉杖に頼る男であった。
まったくもって、この映画に登場する人物らと来たら、
そこに慈悲や仁愛はあっても、打算や虚栄は、欠片もない。

長崎の原爆では、無辜七万人余の犠牲者が出たと伝えられる。
当時、医学生であった主人公も、その一人だ。
戦争とは、何と悲惨なものか。
原爆投下は、戦争犯罪以外の何物でもない、無慈悲な殺戮。
しかし、そこから生き延びた人々の、何と健気で、爽やかな生き方であろう。
人間とは、逆境にあっても、その本質は、かくも美しい。
この映画はきっと、それを伝えたいのでしょう。

戦争だけは、二度と起こしてはならない。
戦争を回避するには、時に譲るものを譲り、不名誉を甘受してでも、耐えなければならない。
これは、私見です。
この映画を見て、その思いをますます強くしました。

辛い映画です。
しかしながら、これほど美しい映画も、滅多にありません。
皆様にお薦めする由縁です。

「ねえ、お寿司食べない?」
「まあ、いいけど・・・」
「それとも、とんかつにする?」
「どっちだっていいさ」
映画館内ではともかく、一歩外に出るや、女性の方が素早く、
現実に戻るようです。

前の画像

次の画像



【パトラッシュ さんの作品一覧はこちら】

最近の拍手
全ての拍手
2016/01/13
我太郎
2016/01/09
シシーマニア
2016/01/09
彩々
2016/01/09
MOMO
2016/01/08
みのり
拍手数

29

コメント数

8


コメント

コメントをするにはログインが必要です

さん

映画の観方を心得られていて脱帽です。
吉永さん、老いて更に年代毎の魅力が増しておられるけれど
山田監督は、一作毎に遺言状のように思えて
深く、切なく有り難いものです。
黒木はるのような此れからの世代を活き活きと描くところにも
望みを託すような想いが込められているのでしょう。

>この映画に登場する人物らと来たら、
そこに慈悲や仁愛はあっても、打算や虚栄は、欠片もない。

映画からの学びでしょうか。

2016/01/08 12:22:06

さん

戦争を知らない世代は、あの苦難の時代だったからこそ、人情が色濃い暮らしがあったのかな?などと考えていました。
それぞれの思いを想像すれば涙も滲みましたが、すすり泣く多くの観客は、皆さんきっと戦争に何らかの形で関わった方だと思いました。
足腰が不自由な方が、とても沢山いらっしゃいました。

私は「誰もが、皆優しい。それなのに運命は(戦争は)過酷だ」
でも、最後に母が、あの形でラストシーンを迎えたのは、幸せだったと思いながら、泣きました。

2016/01/08 17:19:09

パトラッシュさん

Yさん、
そんなに買いかぶらないで下さい。
私は、映画に関しては、(いや、他の分野もですが)
素人同然ですから。

山田監督、確かに気合が入っているように、思われます。
作品の完成度が、それを物語っています。

想像した以上の出来栄えだったので、つい長文を書くことになりました。
最後までお読み下さった皆さんに、お礼を申し上げます。

2016/01/08 20:57:07

パトラッシュさん

SOYOKAZEさん、
そうですね。
老母のあの最後は、苦しむこともなく、
言って見れば「死」の一つの理想形かもしれません。
その安らかな様に、観客もほっとしました。
吉永小百合さん、最後まで、美しかったです。

日頃「形容詞は使うな」と言っているくせに、つい多用してしまいました。
しかし「美しい」よりほかに、使う言葉がなかったのです。
あの場合。

言行不一致ですが、どうぞ、お許しあれ。(笑)

2016/01/08 21:04:53

彩々さん

パトさん、おはよございます。

この「母と暮せば」という映画の題名と、吉永小百合さん、
二宮君出演というだけで、どんなお話かが分かるようで
特に、今、観なくてもいいやと思っておりました。

しかし、パトさんの語り口、そしてハラハラと涙された
ということで、私の中で俄然、観に行こうと促されています。
小百合さんが俳優としての二宮君の才能を高く評価している
のを聞いていたので、興味はありましたが…
まだ、当地の最寄駅近くで上映されてるはずです(!?)

2016/01/09 08:15:15

パトラッシュさん

彩々さん、
お時間がありましたら、是非いらして下さい。
どうぞ、ハンカチをたっぷりとお持ちになって。

彩々さん、きっと、絵になりますよ。
そう、さりげなく目元に、白いハンカチを持って行ったところは・・・

2016/01/09 09:55:35

シシーマニアさん

私も彩々さんの様に、特に行かなくてもと思っていましたが、
師匠の長い文章を読んで、行ってみようかなと思いなおしました。

私は、吉永小百合さんの出演映画を、あまり多くは見ていないのです。
通常映画は、ファッショナブルなラブコメディーを好みにしている自分にとって、「吉永作品はジャンル違い」という潜在的な印象があります。美しすぎる年の取り方、と思えるのかもしれません。

吉永小百合が、ニノのお母さんか・・、という気持ちもありました。

でも、師匠がこれほど感動された作品は、自分もこの目で見て追体験してみたいと思いました。

2016/01/09 14:42:22

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
なるほど、世に「サユリスト」なるファンが居る一方で、
彼女に対する、違う見方もあるのですね。
(あって当然ですが)
美し過ぎる、つまり世の自然の成り行きからは、ちょっと離れている。
そこに同化しがたいものがある。
ということでしょうかね・・・
その微妙な部分を、分かるような気がします。
いや、ほとんどわかっています。

私の映画評は、それを書く以上は、ほとんどが絶賛になってしまいます。
あるいは、何か一点でも、鑑賞に値するものがある。
という場合に書きます。
書く以上は、熱意を込めて書きます。

それがもしかしたら、贔屓の引き倒しになっていないか・・・
という懸念は、実はあります。
私の絶賛は、八掛けくらいに受け止めて頂いた方が、良いかもしれません。(笑)
でもやはり、この映画は見て頂いた方がよいかな・・・とは思っております。

2016/01/09 20:25:36


同ジャンルの他の作品

PR







上部へ