＋＋＋女もそれに応え、何度も私を求めて何時に無く
燃え上がった。私はグッタリとなりながら、六十七の
体力の衰えを噛み締めた。

63/63．アールグレイの香り

　抱き合ったまま興奮が引いて行く中で：
「それにしてもーーー君とはもう一年半にもなるか
なあ？　それまで気ぶりは全然無かったのに、どうし
て突然結婚したい気になったんだい？」

「お父さんと付き合っている内に判ったのよ。こんな
男の人となら、結婚すべきだと考えたのよ。バレエの
為にも自分の人生の為にもーーー、女ならそう思う
わ。だから考えを切替えたのよ」
「僕と同じ人が、好いのだってーーー？」

「初めて出会った最初から感じていたけれど、お父さ
んは不思議な人よ、今でも不思議に感じる」
「不思議ーーー？」

「初めてのデートで、あんなに私を惹きつけたのは第
一に不思議だった。普通の人には出来ないわ」
「そうかなーーー？」

「次々お金持ちのパトロンを見つける手際も見事だっ
たし、それにーーー作戦を立ててとうとう私を結婚へ
導いてくれたのよ！　そんな事の出来る人は、世の中
に居ないわ。確かに不思議よ。お父さんには、会社を
こしらえたり社長になって経営するなんて、きっと造
作も無い事なのよ」
「そんな事は無いけれどねーーー」

「やろうと思えば何だって出来るし、知らない事でも
正確に推測出来るから、お父さんは魔法使いに違いな
いわ」
「ウフフーーー、魔法使いだって？　そんな事はな
い、昔から僕は何にでも一所懸命になるタチなんだ。
それだけだよ」

「お父さんは、運を持って来る不思議な人よ。サンタ
クロースかも。アパートで一人で居る時、時々ふっと
本気でそう信じたわ。こんな人と暮らせたら、と思っ
たのよ。だから好きになったーーー、今でも」
「ーーーー」

「彼、本当に何もかもお父さんにまるで「ソックリ
さん」なのよ」
「ふーん」
「歳が違うだけなのーーー。メガネを掛けていて、日
経ビジネスを購読しているのも同じ。ベッドで私の腰
に当てるマクラの使い方は少しヘタだし、事後に私の
体を洗ってはくれないけれど、ウフフーーー。彼も本
物の魔法使いかどうかは、未だ未知数よね」

　夫を選ぶ選択の基準になったのは、私の光栄であ
った。女の幸せを願いながら、「白鳥と父親」の関係
はその日の午後で終止符を打った。

　　　　 * 　

　けれども、そんな幸せを願う私の気持ちは、天に届
かなかったかも知れない。私と別れた一年半後に、興
隆を誇っていたその印刷会社は、日本列島を襲った不
景気の波に、呑み込まれたからである。ウチへ出入り
する別の大手印刷業者を通じて、風の便りにそれを聞
いた。　　　　　　

　同じ不景気に遭遇しながらウチは潰れなかったか
ら、そこの社長さんは結局私と「そっくり同じ」では
なかったのだな、と女の見る目の甘さを知った。目を
甘くしたのは、恋の副作用であったろうか。
　アールグレイの香りにも似た若い女の夢は、その後
どうなったかと想う時がある。

完
比呂よし

追伸：

MONO様、みのり様：最後まで辛抱強くお付き合いいた
だき、有難う御座います。
　なお、この話は会社役員に相応しくなく（恥さらし
ですから）一週間後にすべて消去しようと考えてい
ます。
再度お礼申し上げます。