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作品名 日々是好日 評価 評価評価評価評価(4)
タイトル 満員でした
投稿者 パトラッシュ 投稿日 2018/11/03 08:39:02

いや、驚いたのなんの……
水曜日に、映画を見に行くのも、考え物です。
大勢の女性に、囲まれました。
嬉しい悲鳴?
冗談じゃぁ、ありません。
多勢に無勢です。
少数民族の悲哀を、味わうこととなりました。

水曜日は、レディスデーと言って、女性割引の日となっているのです。
必ずしも、レディには見えない人だって、堂々と、入場の列に、伍しています。
要するに、女の恰好をしていれば、よろしいのでしょうね。
あの、マツコとかいう、巨躯のタレントだって、割引を受けられるのでしょう、きっと。

それにしても、この映画の場合、女性客の比率が高過ぎます。
あの宝塚大劇場だって、男は寡勢ながらも、五%は居ました。
歌舞伎座なら、二十五%は下らないでしょう。
それが、この映画と来たら、広い場内に、男はほんの、十人ほどしか見えません。
私は、たまに男の顔が見えると、ほっとしたものです。
さながら、暗夜に邂逅した、勤皇の同志のようにです。

それを妻に言ったら、笑われました。
「年配女性が多かったのは、映画のせいです。
お茶に関心のある人が、それだけ多いということです。
そして、樹木希林が出ている、せいもあります。
だって、死んだばかりですもの、追悼の意味も、あるでしょ。
レディスデーは、関係ありません。六十歳以上なら、シルバー割引で、
何時だって千百円なんですから」
愚妻にして、やけに説得力があるのです。

この映画は、お茶を習う女性の、半生を描いています。
黒木華が演じました。
彼女に茶道を教える先生が、樹木希林。
どちらも上手いですね。
予想通りとはいえ、その対峙に、感嘆させられることになりました。

茶を習い始めた、二十歳から、四十数歳まで。
箸が落ちてもおかしい、娘時代から、しっとりと落ち着きを増した、中年女性へと、
変容する一人の女性の、その変りようを、黒木華が、巧みに演じています。
そりゃ、メイクアップに工夫もあるでしょうけれど、
その変貌は、外見よりむしろ、内部から滲み出るものであり、
そこに、演技力が求められることは、言うまでもありません。

一方で、樹木希林さんは、自然体です。
さながら、茶庭のつくばいから、音もなく、水が流れるように、
また、茶釜から立つ湯気が、揺らいではまた、旧に復するように、
淡々として、そこに、技巧の匂いが、まったく漂いません。

彼女の端坐する姿から「明鏡止水」という言葉を思い浮かべました。
そして、その語り口には、ある種の諦観を感じたりもしました。

 * * *

私の妻が、何を血迷ったか、お茶を習いに、通い出して、もう十年にもなります。
ちなみに、裏千家です。
私は、不思議でなりませんでした。
お茶なんて、一年も習えば、習得出来るのではないかと。
だって、車の運転免許なんて、三カ月もあれば、大概の人は、取れるんですよ。

それを、妻に言っても、納得できる答えは、得られません。
月に二回の稽古日には、いそいそと出かけて行きます。
「今日は、太郎寿司で、特上握りでも食おうか」
「だめです。今日はお茶ですから」
普段、食欲のある人が、やけに、きっぱりと断ります。
茶には、それほどに、人を惹きつけるものが、あるのか……
私の疑問は、募るばかりでした。

私が、この映画を見る気になったのには、もう一つの理由があります。
樹木希林の最後の出演作を、見たかったからです。
あの芸に接するのも、これが最後と思えば、感慨深いものがあります。

一人で行きました。
妻は、封切早々に、お茶仲間と、見に行っておりましたから。
「面白かったわよ」
その言葉を、半信半疑に受け止め、出かけました。
私だって、シニア割ですから、千百円です。
人のことを、とやかく言えた、義理ではありません。

映画の中で、印象に残った言葉が、幾つかあります。
「世の中には、すぐわかるものと、すぐわからないものがある」
「形から入るのよ、心はそれから、付いて来るから」
「時間をかけて覚えたものは、身体が忘れない」
もっともです。
確かにそうです。
私は、映画の冒頭で、先生が、袱紗捌きを説明するのですが、それを、右から左へと、
忘れてしまいました。

極め付けは、下の一言です。
「雨の日は、雨を聞き、雪の日は、雪を見て、夏には、夏の暑さを、
冬には、身の切れるような寒さを……」
「五感を使い、全身で、その瞬間を味合う」
それが、茶を嗜むことの、意味のようです。
だとすると、味合うのは、人生そのものをも……
というところへ、行き着かざるを得ません。

私のような暗愚に、そのようなことを、例え示唆の形でも、示してくれるこの映画は、
傑作とは言えないまでも、凡作でないことは、確かです。

 * * *

では、誰にでも、この映画をお薦めするかとなると、それはまた別です。
世の中には「過ぎ行く時」を、惜しまない人も居るでしょう。
「ものの哀れ」を、感じる人ばかりでも、ないでしょう。
「愛別離苦」を受け入れがたい人も、少なくないでしょう。

私にだって、多分に、そう言うところはあります。
人間がそもそも、ガサツなのです。
無理だな……
私は、この映画を見て、私が、茶道に志すことは、ないことを、確認しました。

では、私に出来ないことを、多年に渡り続けている、妻を尊敬するか……
となると、これもまた、話は別です。
私には、彼女が、そんなに深く、人生を考えているとは、思えないからです。
「割れ鍋にも閉じ蓋」と言うではありませんか。
「妻は夫の鏡」とも言うではありませんか。
一方が凡愚で、一方が傑物……なんてことは、あり得ないと思うのです。

「見て来たぞ、ひび是好日って映画を」
「それを言うなら『にちにち是好日』とお読み下さい」
言われてしまいました。
悔しいから、辞書で調べました。
そうしたら、彼女の言う通りではありませんか。
「碧厳録」と言う、中国の仏教書から、来ているようです。
(広辞苑に、そう書いてありました)

私はもしかしたら、何かの弾みで、吊り合わぬ相手と、
夫婦になってしまっていたのかも知れません。

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コメント

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漫歩さん

私の実感を率直に申します。

パトさんに、過ぎたるものが一つだけあります。
それは「奥方」です。

パトさんは良縁に恵まれました。
今は、得難き戦友ですね。

2018/11/03 14:29:09

パトラッシュさん

漫歩さん、
このところ、その”戦友”がですね、強くなって、困っております。
(何しろ、家庭内の全権を握っていることもあり)
私は、ひたすら恭順の意を表し、波風の立たないようにしております。
弱きもの、それは男でございます。
映画館の女性たちの、それはそれは、元気なこと……

2018/11/03 18:04:29


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