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作品名 オーケストラ・クラス 評価 評価評価評価評価(4)
タイトル 悪ガキ共め
投稿者 パトラッシュ 投稿日 2018/08/30 17:26:26

私は、音痴であるくせに、音楽を聞くのが好きなのです。
生意気に、クラシック音楽が好きです。
中学生の頃、初めて、ベートーヴェンの交響曲を聞き、衝撃を受けました。
人の心を、かくも揺さぶる、世界があるのかと。

では、それを機に、音楽の授業が、好きになったかと言われれば、とんでもない。
先生が、ピアノで単音を出し、この音階は?と問われたって、わかりません。
「ド」と答えれば、それは「ミ」であり、「ファ」と答えれば、それは「ラ」であり、
クラス中の笑いものとなりました。
高校に入り、音楽が選択科目となり、受講しなくてよいと知った時は、
人生の前途に、光明を見たような気分になったものです。

絵は描けないけれど、美術館は好き……と同じように、
私は今も、折あらば、コンサートなどに通っています。
日曜の夜は、NHKのEテレで「クラシック音楽館」を見ます。
そうなのです。
私にとって音楽は、聞くものでありつつ、見るものでもあるのです。
何を見るか……
奏者の顔です。
特に、その目です。
指揮棒を見、楽譜を見、ただひたすらに、音を響かせようとする、奏者のその目には、
この俗世に浮遊する、塵埃のごときものが、一切浮いていません。

クラシック音楽や、オーケストラをテーマにした映画があると、
私はこれを、万障繰り合わせ、見に行くようにしております。
一昨年、老人ばかりで編成する、オーケストラを描いた「オケ老人」を見ました。
悪戦苦闘の末に、聴衆の喝采を受けるまでに、上達を遂げた楽団の、
指揮者と団員とを描いた、一種の成功物語でありました。

この度公開された映画「オーケストラ・クラス」もまた、登場するのが、
老人でなく、悪がき連中と言うだけで、同じ趣向の、即ち、成功物語であります。
新聞の映画評には「既視感」という言葉が出ていました。
「どこかで見た」という感が、否めないのでありましょう。

しかし、構いません。
音楽は、何度聞いても、良いものは良いのです。
映画も芝居も同じ。
例えば、忠臣蔵を見て下さい。
気の遠くなるような、マンネリズムを、繰り返しているではありませんか。
そして、音楽における成功物語には、私の見果てぬ夢が、込められているようです。
音痴でさえなかったら……
そりゃ、私だって、合奏や合唱に、加わりたかったのです。

 * * *

パリの十九区とは、アフリカなどからの、移民の多いところのようです。
フランスと言えば、白人の国かと思えば、そうでもありません。
今年、ワールドカップで優勝した、フランスチームを見て下さい。
黒人が多いです。
エムバぺや、グリーズマンの得点がなかったら、
フランスの優勝は難しかったでしょう。
ここ、十九区の小学校とて同じ。
黒人の生徒が居なかったら、学校は閑散たるものに、なっているでしょう。

黒人の小学生が、ヴァイオリンを弾く?
映画の冒頭で、へぇ……と思ったのは、私の中に、人種への偏見が、
あったからかもしれません。
音楽に国境はない。
肌の色も、貧富も関係ない。
あるのは、才能とやる気。
当たり前のことに、気付かされつつ、ここでも私は、
おのれの非才を嘆くことになりました。

小学校へ、ヴァイオリンを教えるため、赴任して来たのは、中年の男、ダウドさん。
ヴァイオリニストとしての進路に、行き詰まりを感じ、
では、先生でもやってみようか……で、身を転じたらしいのです。
そんな、生半(なまなか)な先生に、心服する生徒など現れません。
相手は、自由と民権の国フランスにおいて、個の尊厳を知っている、生徒達です。
体罰なんぞ加えようものなら、たちまち、糾弾され、罷免されるでしょう。

悪がき共の扱いに苦慮する。
私も実は、小学校で生徒らに、ある技芸を教えている関係で、その辺がよくわかります。
怒ったらだめ。
「忍」の一字でもって、その理解が及ぶのを待つ。
それしかありません。

但し、彼らを黙らせる方法はあります。
目の覚めるような、技を見せる。
ぐうの音も、出ないほどに、やっつける。
それは、私の教えているのが、囲碁将棋と言う、盤上のゲームだから、出来ることです。

ヴァイオリン教師、ダウドさんのやったことは……
たったひとつ、そして、これだけで、もう十分でした。
メンデルスゾーンの、ヴァイオリンコンツェルトの一節を、
生徒の眼前で、朗々と弾いてやったのです。
元々が、多少なりと、音楽に興味を持ち、オーケストラクラスに入って来た生徒らです。
これに、感動しないわけがありません。
敬服し、さらに心服する生徒まで、現れます。

紆余曲折の末……
一年後、パリを代表するコンサートホール「フィルハーモニー・ド・パリ」で、
彼らの加わる、オーケストラの演奏会が開かれました。
音楽家へ復帰するより、教師に留まることを決意した、ダウドさんが、
これに加わっていることは、言うまでもありません。

既視感もさることながら、説明不足や、キャスティングの問題など、
瑕疵を論えば、数々あるでしょう。
しかし、総体的に見て、良い映画だと思います。
特に、ラストシーンがいいです。
リムスキー・コルサコフの「シエラザード」において、ヴァイオリンのソロを弾く、
黒人少年、アーノルドの目に、一点の曇りもないことを、私は見届けました。
そうです。
奏者の目をみることが、私のやり方なのです。

音楽に通じた方には、物足らない映画かもしれません。
音楽の効用を味わいたい……と言う方には、おあつらえ向きかと思われます。

尚、本文の中で、曲名を二つ挙げましたが、私がその曲を、知っていたわけではありません。
このレビューを書くに当たり、ネットで調べた結果です。
そんなこと、とっくに分かってたわよ……
とおっしゃる方は、多少なりと、私の品性をご存知の方です。

それ以外の方々、どうか私を音楽通などと、買い被りませんように…… 
通は通でも、私が自慢できるのは、便通くらいしかありません。

それから、もう一つ……
ダウドさん、禿げてたなあ……
歳は私より、ずっと若そうなのに……
私はそこだけ、彼に優越感を抱きました。

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コメント

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シシーマニアさん

何故か、よく知っている内容でした。
既視感とも違うようです。
黒人の小学生が、ヴァイオリンを弾く情景も、憶えています。

きっと、予告編で見たのだと思います。

見た映画でも、断片的な場面を断続的に思い出すことが多くて、区別がつかなくなっているのかもしれません。
見過ぎなのでしょうね、映像を。


以前は、映画館へ行って見ることが、喜びでしたが(テレビがないせいね、と友人に言われました)
今は、自宅に居てネットで、私には無尽蔵と思えるほどの映画が見られます。

あまり、深く記憶には残らずに、次々と消費してる感じがしました、つくづく・・。


そろそろ、生活態度を替えようかと思っている時期だったこともあ
り、この記憶の曖昧さは、ちょっと応えました。

2018/08/30 20:47:25

漫歩さん

導入部の音楽授業についての話は、当時の自分を彷彿させるものでした。
音楽の試験で、歌い出しの突拍子もない音程に皆がどっときた恥ずかしさは今も鮮明です。

それから先、今に至るまでの過程がパトさんと私の音楽に対する感性の優劣をきめたようです。(笑)


よい話を伺いました。

2018/08/30 21:33:08

みさきさん

レビュー拝見しながら、見ていない映画の世界に浸りました。
音楽も良いですが、音楽を構築していく物語にも、心躍ります。
実話をもとにしたドラマで寺尾聡さんが先生役の「仰げは尊し」というのがありましたけれど、ちょっと、重なったりもしました。

指揮者、演奏会の客席からは見難い、演奏者に向かっている表情や、体に隠れた手先の小さな動きを見せてくれるフィルムのアングルも楽しみです。

2018/08/31 01:15:06

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
黒人の少年が、ヴァイオリンを弾く光景は、見る者にとって、
インパクトが強いのだと思います。
私も、おう……と思いました。
予告編はやはり、その辺を狙うのでしょう。
観客動員が、その目的ですから。

私の場合、もちろん、テレビやネットでも、映画は見られますが、
わざわざ映画館に行くのは、別の目的もあります。
一時、完全に外界を遮断される(自らする)のも、悪くないと思うからです。
普段「ながら」に明け暮れている身としては「専念」する時間と言うのは、案外に貴重なのです。

2018/08/31 08:34:36

パトラッシュさん

漫歩さん、
同じような過去を、お持ちでしたか……
でも、漫歩さんは、そこから努力して、脱却された。
私は、諦めて、汚名を着たままになっている。
人生と言うのは、本当に、さまざまですねえ……

2018/08/31 08:37:37

パトラッシュさん

みさきさん、
ステージの背後に、観客席のある、コンサートホールがありますね。
私は、一度でいいから、あそこに座って、オーケストラの演奏を、眺めたいと思っているのです。
あそこなら、コンダクターの顔も、しっかり見られそうですから……
私は、音楽はそっちのけで、顔にばかり、こだわっております。(笑)

2018/08/31 08:41:53


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