ナビトモのメンバーズギャラリー

条件で調べる

カテゴリ選択
ジャンル選択

前の画像

次の画像

ギャラリー詳細

作品名 万引き家族 評価 評価評価評価評価(4)
タイトル 見るも見ないも……
投稿者 パトラッシュ 投稿日 2018/07/08 12:54:35

少年が、担いでいたリュックを、足元に置いた。
その口が、わずかに開いている。
食品の袋を手に、通路に立っている、父の方を見た。
父が、さりげなく、手を動かした。
サインであろう。
OKという、合図であろう。
次の瞬間、少年の手から、袋が落下し、リュックの中へと消えた。
「一丁上がり」
いとも易々と、万引きに成功した。
二人はさらに、店内を物色する。
手当たり次第にではない。
買い物リストならぬ、万引きリストを持ち、次の目標へと向かって行く。

私達は、財布を持ち、スーパーに買い物に行く。
彼らは、必要なものを、貰いに行く。
その言うことがいい。
「店にある品物は、まだ持ち主が、決まっていない」
「店がつぶれないなら、もらったって構わない」

売る側は、堪ったもんじゃないな……
という事を、かつて商店経営者であった私は、思っている。
店にとって、商品を盗まれることが、どれだけ痛手になるか。
そこに、この映画は、カメラを向けない。
専ら、盗る側の貧しさや、劣悪な家庭環境を映し出している。
万引き行為を、正当化しないまでも、それは明るい、
ゲームのようであり、そこに罪悪感というものが、見受けられない。

一家に、健康な男女が、三人も居て、何故、貧しさから、脱却出来ないのか……
悪事に走らず、真面目に働けばいいじゃないか……
ということを、私は、その混沌たる「家庭」が、映し出される度に思っている。

 * * *

私は、映画を見る時には、概ね妻と一緒に行く。
しかし今回は、一人で行った。
妻が、この映画の名を聞き、難色を示したからだ。
「気が進まないわ」
タイトルから、おおよそのことを、察したのであろう。
その推測が当たっていたことを、私は、映画が始まって、じきに認めることになった。
気分のよくなる映画ではない。

私もまた、実は、是非とも見たかったわけではない。
カンヌ映画祭で、最高賞「パルムドール」を得たことも、見たかった理由ではない。
むしろ逆だ。
私は、へそ曲がりであり、権威というものに、追随したくない。

この映画に関し、是枝裕和監督が、文部科学大臣からの「祝意」を断ったと聞いた。
「公権力とは距離を保つ」としてである。
気骨のある人だなぁ……
私が、この映画を見る気になったのは、実に、この一点に尽きる。

政府はきっと、面白くもなかったであろう。
貧困の解消や、被虐待児童の保護などに、行政が万全を期しているとは、言い難い。
そこを、衝かれてしまった。
描かれてしまった。
言って見れば、日本の恥部である。
選りによって、それを描いた作品が、世界で有数の賞を受けてしまった。
しかも、担当大臣の祝意さえ、拒絶されている。

「補助金をもらって、政府を批判するのは、別にやましいことではない。
むしろ、真っ当な態度なんだ」
と是枝監督は語っている。
「そういう、欧州的な価値観を、日本に定着させたい」
とまで、言っている。
まったくもって、その通りではないか。

表現者は、権力に対して、毅然としていなければいけない。
補助金と言う餌により、懐柔されるようでは、情けない。
まったく別の分野ながら、政府の補助金欲しさに、自ら不正を行った、医科大学さえある。

 * * *

家族とは何か……
血のつながりとは、何か……
という事を、虐待を受けた、一人の少女を通じ、この映画は問いかけている。
それはつまり、幸せとは何ぞや……ということでもある。

人間は、弱いものだ。
事と次第により、簡単に、社会の基準、標準から、はみ出す。
一方で、人間は結構、強いものだ。
はみ出たところで、開き直り、したたかに、人生を生き抜くことも出来る。
そのことを、是枝監督は、この映画に語らせたかったのでは、あるまいか。
善良な市民の目線で、この映画を眺め、顰蹙に終始してしまっては、
惜しい。
もったいない。
一家が暮らす、さながら穢土のような地にも、花が咲く。
その一輪の花に、美しさを感じるかどうか……であろう。

 * * *

ものを食べるシーンの、やたらと多い映画です。
汁粉、ソーメン、うどん、すき焼き、駄菓子……
人が集まるや、すぐに何かを、食べる。
ビールを飲む。
それも一様に、あさましく、意地汚い態でやる。
さながら、餓えた鬼のごとくにである。

何かの寓喩が、あるのだろうか……
考えて見るが、わからない。
画家は、構図に困ると、画面に雨を降らせるという。
そんなような、ものかもしれない。
言ってみれば、ひとつの「間」であるのかもしれない。

その食べる場面においても、樹木希林が、際立って巧い。
歯の間から、残滓がこぼれそうな、その小汚い食べ方。
その一つ取っても、老婆になり切っている感がある。
リリー・フランキーもいい。
飄々たる小心者、頼りないオヤジをやらせ、今や、彼の右に出る者は、居ないであろう。

子役の二人もいい。
何時しか、罪悪感の芽生えた少年の、悩みを含んだその目がいい。
実の親に虐げられた、少女の、常に人を、下から窺がうような、
その目もいい。
妻役の、安藤サクラもいい。
ネジが一本、抜けているような、そのとぼけた表情がいい。
それでいて、いざとなると、伝法へと豹変する、そのしたたかさもいい。
「ばらしたら、あんたを殺すよ」
勤務先の同僚に対し、啖呵を切ったりもする。

 * * *

この映画の興行成績は、順調に伸びているそうです。
やはり、カンヌの影響は大きいようです。
では皆様に、観覧をお勧めするかとなると、これは別の話です。
正直、やや躊躇うものがあります。
順法精神に富み、社会の規範を守ろうとする方々には、
受け入れがたいものがあるのも、
事実だからです。
ご自身の責任にて、ご観覧頂くよう、お願いいたします。
(なんだか、何かの取引の、注意書きみたいですが)

「映画、面白かった?」
「まあまあだ」
「お昼は?」
「食べて来た」
「うどんでしょ」
「よくわかったな」
「うふふ」
妻には、妙に勘のいいところが、あるのです。
これに私は、困っているのです。

前の画像

次の画像



【パトラッシュ さんの作品一覧はこちら】

最近の拍手
全ての拍手
2018/07/11
プラチナ
2018/07/10
ポレポレ
2018/07/10
つちのえ
2018/07/10
美知
2018/07/09
Rei
拍手数

33

コメント数

8


コメント

コメントをするにはログインが必要です

漫歩さん

新聞のシネマ案内を読みました。、
樹木希林の、なりっきっていたと思われる演技を、この目で見たように想像出来ました。

2018/07/08 13:20:58

パトラッシュさん

漫歩さん、
樹木希林は、大した役者ですね。
最終目標は、老け役。
そのために、これまでの役者人生を経て来たのかな……
なんてことを、思ったりもします。

2018/07/08 16:55:09

シシーマニアさん

私は、安藤サクラがかなり前から好きなので、見に行きたいと思っていました。
是枝作品のファンですし、リリーフランキーも好きです。

でも、ちょっと師匠の文章を読んで、見るのを躊躇しています。

樹木希林の演技もさぞ、と思いながら、見なくても素晴らしさが想像できる気がするのは、僭越でしょうか。

躊躇する理由は、師匠の仰る食事の場面です。

安藤サクラの出演する映画は、美しくない説得力という傾向があるのですが、樹木希林がそれを演じたら、きっと半端ないでしょうね。

2018/07/08 20:15:34

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
僭越ではありません。
樹木希林のそれは、既にして、名人芸に達しています。
容易に想像できるものです。
でも、想像するだけでは、物足らない。
何度見てもいい。
とお思いになったら、どうぞ映画館にお出かけ下さい。

例えば、落語なんかが、同じです。
何度聞いても飽きない。
「上手いなあ……」
それを、再確認しに行くようなものですから。

「美しくない説得力」とは、言い得て妙です。
そういう観点からすれば、安藤サクラのそれも、一見の価値があるかもしれません。

2018/07/08 20:32:36

秋桜さん

この映画に関心はありましたが
心が寒々として観たくないです。

2018/07/10 18:32:18

パトラッシュさん

秋桜さん、
映画に何を求めるか……と言うことから考えてみますと、
この映画の与えてくれるものは、極めて限定的です。
少なくとも、心の浮き立つことは、ありません。
見て後悔するよりも、最初から見ない。
というのは、一つの選択肢として、明瞭であり、よろしいと思います。

2018/07/10 19:42:47

プラチナさん

カンヌ映画祭の受賞作品と云う事で、当方も興味本位ながら観て来ました。
万引きの善し悪しは別として、困窮生活の中にもほのぼのとした家族愛を感じさせられました。

2018/07/11 22:55:56

パトラッシュさん

プラチナさん、
困窮の中にあるからこそ、家族の紐帯は、より強まる……ということは、あるでしょうね。
血でつながった家族よりも、むしろ強いくらいに……

2018/07/12 06:57:50


同ジャンルの他の作品

PR







上部へ