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作品名 妻よ薔薇のように  (家族はつらいよ?) 評価 評価評価評価評価評価(5)
タイトル 落語でいいさ
投稿者 パトラッシュ 投稿日 2018/06/05 08:49:05

ストーリーは他愛もない。
夫婦喧嘩の末に、妻は、家を飛び出した。
残された家族、その全てが、右往左往する。
家庭の中心である主婦の、その存在の大きさに、今さらながら、気付かされる。
という流れの中に、小さな波乱を、幾つも織り交ぜ、全体として、
人間の普遍的真実へ、導こうとする。
山田洋次監督ならではの、手法であろう。

家を飛び出した妻に、行く宛はあるのか……
観客だって、心配になる。
しかし、そこはドラマ、抜かりはない。
彼女は、両親が死に、今は無住となっている、故郷の実家へと身を潜めた。

そのことを知った、地元の旧友が歓待してくれる。
「そんなことなら、別れちまいなさい。そして、うちの工場で働けばいい」
旧い友達は、いいものだ。
友の身を案じてくれる。
彼女は、今は、酒造会社の社長夫人である。

私は、この映画を見ながら、スクリーンに映る、その町が、気になり始めた。
細い坂道に沿い、白壁の土蔵が何棟も続いている。
遠くに山が見え、その美しい山容に、見覚えがある。
「もたい」……
何処かで聞いたような地名だ。
画面の中に「中山道」の道標が小さく見えた。
間違いない。
あの道を歩いたのは、もう八年も前になる。

信州、望月宿と芦田宿の間にある、間(あい)の宿「茂田井」である。
造り酒屋が何軒かあった。
私が立ち寄って、酒の試飲をしたところかも……
と思い、目を凝らしたが、どうやら、蔵違いであった。

山田監督の、ロケ地選びには、定評がある。
「茂田井宿」は、ひっそりとして、時間の止まったような町だ。
道の傍らを、豊かな用水が流れ、時にざあざあと、音を立てている。
道路を拡幅出来ない、そのせいで、時代に取り残されたのであろう。
今ではもう、容易に作れない、百年二百年前の光景が、奇跡のように残っている。
監督さん、実にもう、よいところを見つけ出した。

喧嘩の原因は、些細なことであった。
「いや、些細なもんか、四十万円ものカネが、空き巣に盗られたんだ」
夫は憤る。
俺が汗水たらして、働いて得た金を、女房がへそくりしていた。
それをまた、まんまと盗まれた。
と立腹する、亭主の気持も、分からないではない。

一方で、彼は、家庭を切り盛りする、妻の苦労を理解していない。
収入を得ることこそが、至上の価値であり「内助の功」なんてものに、思いが及ばない。
それは、さながら、戦前の男尊女卑の世における、頑迷亭主を思わせもする。

新興住宅地にある、決して広くはないその家に、三世代の六人が暮らしている。
祖父は、偏屈者だ。
その血を享けたのであろう、長男も依怙地なことでは、引けを取らない。
女房に逃げられるのも、無理からぬところがある。
しかしながら、周囲に諭され、ようやくおのれの非を悟る。
悟ればもう、そこに逡巡はない。
直情な男は、今度は信州へと、まっしぐら、篠突く雨の中、車を走らせる

話はそれだけである。
約二時間の上映時間中、館内には、笑いが絶えなかった。
今時珍しい、亭主の傲岸が、虚勢を張る、犬の遠吠えのように、可笑しかったからであろう。

長期戦になったら、男は女に負ける。
ということを、私なんか、とうにわかっている。
だから私は、はなから、女房を怒鳴ったりはしない。
バカだねえ、あいつは……
最後はどうせ、負けちまうくせに……
この映画を見ながら、亭主の愚かさを、せせら笑っている。

この「家族はつらいよ」シリーズを「落語的」と評する人も居る。
かつて「寅さん」の時にもあった。
映画通と目される人に、それが、少なくない。
ふん……
落語の何処が悪い。
私は、開き直っている。

人間はそもそも、愚かなものだ。
その代表である、長屋の熊さん、八っつぁんを嗤いつつ、しかしあれと同じことは、
実は、自らの内にも、あるのだと気付く。

おエライさん達は、勤勉に働けと、言うけれど、働くことが好きな者など、
この世に居るわけがない。
遊びたい、怠けたい、これが人間の本性ではないか。
熊も八も、その本性のままに、生きている。
という事に、気付く。
気付かされる。
その瞬間に、彼らへの蔑みは、逆に、呵々たる笑いへと、転じて行く。

映画が芸術であってもいい。
しかし、芸術ばかりでも困る。
私なんぞ、自慢ではないが、努力や精進が嫌いだ。
「楽」を求め、俗に堕すところ、熊や八にそっくりではないか。
だから、小説で言えば、芥川賞受賞作など、読まない。
だから、山田映画ほど、この身に合うものはない。
だから、この映画の公開を知った時から、こりゃ見たい、是非見なければと思っていた。

二時間が、あっという間に過ぎた。
エンディングに近付くや、館内に湧いていた笑いに、啜り声が混じり始めた。
ズズズ……
鼻水を啜る音だ。
夫婦の修復が成り、観客もまた、安堵したのであろう。
笑いと涙、これこそが、普遍的真実の行き着く先だ。

「妻よ薔薇のように」
キザなタイトルではある。
しかし、キザもまた、エンターテイメントの内。
よく名付けたものだ。

キャスティングなど、映画の詳細は、公式ホームページをご覧ください。
http://kazoku-tsuraiyo.jp/
いずれ劣らぬ芸達者が、数多く出演しています。
それらが折々に「くすぐり」をやる。
これが笑わずに、居られようか……となるわけです。
私は、断固として、☆☆☆☆☆です。
皆様に、ご観覧をお勧めするものです。
但し、お出かけになる際は、ハンカチをお忘れなく。

以下は余談です。

茂田井宿の外れで、私は、一人の老婆に出会いました。
「どちらから?」
話しかけられました。
リュックを背負い、汗水たらした私を、彼女はきっと、訝しんだのでしょう。
「東京です」
「へぇ……」
しばしの沈黙の後、再び問いました。
「で、どちらへ行くの?」
「京都へ向かいます」
「へぇ……」
彼女はきっと、信じられなかったのでしょう。
もしかすると、この私が、時空を越え、この地に舞い降りた人間に、見えたのかもしれません。
「今日、面白い人を見たわ。それが、落語の与太郎さんのような人なのよ」
家に帰り、家人に報告していたかもしれません。

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コメント

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四つ葉さん

こんばんはパトラッシュさん。

前から見たいと思っていた映画です。
パトラッシュさんの流れ様な映画の説明に、余計に映画を見たくなりました。

2018/06/05 19:33:49

パトラッシュさん

四つ葉さん、
騙されたと思って、ご覧になって下さい。
決して、失望されることは、ありませんから。

特に、主婦の方に、お勧めです。
「軽く見ないでよ」
きっと、登場人物に、自分を同化させていると思います。

2018/06/05 20:01:06

彩々さん

お早うございます。
昨日、友人二人を誘って地元のシネコンで
観てきました。

何のストレスも受けずに、安心して文句なく
笑える映画って、今や山田洋二監督が創り出す
この‘男はつらいよシリーズ’だけかも知れません。

今回も観終わった時には、停滞していた疲れが
消えてなくなっているような軽快な気分でした。

きっとこのシリーズの次の映画も、映画館まで
足を運ぶだろうと思います。

それぞれの心の故郷、実家に里帰りしたような
懐かしい気持ちになれる、映像とストリー展開に
日本人だなぁと納得でした。

2018/06/07 04:58:12

パトラッシュさん

彩々さん、
ご覧になりましたか。
お疲れが取れて、よかったです。
仰る通り、心からリラックス出来る映画ですね。
「山田作品」と言うだけで、安心して見て居られます。
私も必ず、次回作も見ることでしょう。

2018/06/07 06:51:34


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