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作品名 関ヶ原 評価 評価評価評価評価(4)
タイトル 滅びしものは美しきかな
投稿者 パトラッシュ 投稿日 2017/09/06 09:10:30

エンディングが終り、場内が明るくなった。
隣席の妻が、腰を浮かしつつ、私の方を見て、笑った。
「はあ……」
苦笑であり、その口からは、ため息が漏れている。

女性向きの映画ではなかった。
戦闘シーンが多過ぎる。
おびただしく血が流れる。
首を斬られた、士卒の死体が散乱する。
映画とわかってはいても、殺戮は気分のよいものではない。

妻には事前に、説明しておいた。
合戦映画だよ。
それも、天下分け目の戦いだ。
それでも行くかと聞いたら「誰が出るの?」と聞き返した。
「役所広司と岡田准一」と答えたら「じゃあ、行こうかしら」となった。
もしかすると、彼女は、俳優により、映画を選ぶのかもしれない。
そして合戦を、歌舞伎の立ち回りくらいに、軽く考えていたかもしれない。

いや、彼女は多分、ヒマだったのであろう。
「映画を見た後に、昼飯を食おう。そうだ、Sの寿司にしよう」
と言ったら、すぐにその返事が、明確になった。
「行くわ」
映画はどうでも、よかったのかもしれない。

一方の私には、迷いなどなかった。
数ある、司馬遼太郎の小説の中でも「関ヶ原」は、最も映画化が難しいとされていた。
その困難を乗り越え、長らくの、構想の果てに、作られたと聞いている。
これを見ないわけには、行かなかった。

もう一つ、理由がある。
私は八年前、中山道を京都に上がる、歩き旅の途上で、関ヶ原を通過した。
なるほど、そこは「原」であった。
見渡す限りの平坦地を、小高い山々が取り囲んでいた。
あの風景を、映像の中でもよいから、再び見たいと思った。

私は、あの日の朝、美濃赤坂から、歩き始め、関ヶ原にさしかかるや、
たちまち、徳川家康の気分となり、西軍の主力、宇喜多秀家の陣営、
大谷吉継軍の方向へと、進んで行った。
右手遥かには、西軍総大将、石田三成が陣を敷く、笹尾山を望むことが出来た。

左手に、山が見えて来た。
小早川秀秋が布陣した、松尾山だ。
東西両軍を横から見下ろす、絶好の位置であり、
ここにポジションを取ったのは、秀秋の賢策であったのか、
それとも、たまたまだったのか、私には分からない。

人間が、横から、腹を打たれれば弱いように、戦陣だって同じだ。
勇猛果敢で知られた、大谷吉継も、味方だと信じていた小早川が、
横から不意に襲って来たら、持ちこたえられるわけがない。

街道に沿って、吉継を偲ぶ史跡が幾つかあった。
亡んだ者は、美しい。
そこに、義が見えれば、余計にであろう。
吉継の場合は、友情と言うべきであろう。
もちろん石田三成へのそれである。

一方秀秋は、戦後の論功行賞には、預かったたものの、
二年後にはもう、この世を去っている。
二十一歳の若さで、しかも、この国の戦史上、最大の裏切り者の名の下にだ。
まことに人生とは、変転極まりない。
後世の評価など、若輩者には、思うゆとりも、なかったであろう。

原を抜けると、急に山が迫り、木々が鬱蒼と茂っていた。
滅びた者の無念が、漂っているような谷があった。
それらを越え、私は黙然として、近江を目指した。
今度は、三成の気分になりつつである。
領地、佐和山を目指し、敗残の身を引きずるのは、さぞ辛かったに違いない。

 * * *

よく撮った。
さぞ、お金がかかったろう。
と、この映画を、褒めてやらなければならない。
動員した、エキストラの数は厖大であり、その壮絶なる、
戦闘シーンと共に、長く、映画史に残るのではあるまいか。
騎馬もだ。
集めるだけでも、さぞ、困難を極めたと思われる。
さらには、武具を付けての調練も、経なければならなかっただろう。

俳優陣も悪くない。
家康役の役所広司、三成役の岡田准一、共に熱演している。
三成の家老、島左近を演じた、平岳大が特によかった。
尾張弁丸出しの、意外な北政所像を見せた、キムラ緑子もよかった。

それらに感銘しつつも、では、大いなる感動に至ったかというと、
これが、そうでもない。
合戦の全体像が、見えないからだ。
これが不満。
個々の戦闘シーンを、いくら積み上げたところで、
合戦を俯瞰したことには、ならない。

小説との差であろう。
活字の場合には、それが出来る。
合戦の、戦略的様相を、私達読者は、手に取るように、
脳裏に描くことが出来る。

原作者、司馬遼太郎さんの「らしさ」はどうか。
ナレーションなどに、その文体を思わせる「香り」がある。
しかし、ほんの微香であり、ファンとしては、いささか物足らない。

関ヶ原の地勢にしても、本来は、映像の方が、伝えやすいはずだ。
しかし、撮影の制約もあろうし、何より時代が違う。
似て非なる地にて、ロケを行ったのであろう。

そこへ行くと、活字は自由だ。
地形はもちろん、時代だって、すぐにその場へ、飛んで行ける。
私は「関ヶ原」の小説と映画の、二者択一を迫られたなら、迷いなく、小説を選ぶだろう。

 * * *

というわけで、この映画への、私の評価は☆☆☆☆です。
激賞には至らず、さりとて、映画の出来は、一定の水準を越えているという見方です。
妻のそれは、聞いておりません。
聞かずとも、わかります。
その、ため息からして、☆☆☆または、☆☆でしょう。
映画の後で、Sの上寿司を食べさせなかったら、ふてくされて、
☆になっていたかも知れません。

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コメント

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喜美さん

私も奥様と同じ 暇だから付き合うか
昼は支度しないで御寿司食べられるし
役所広司が出る 其れは良いわ
付いて行こう

2017/09/06 13:30:32

漫歩さん

5年ほど前に大垣・関ケ原・伊吹山とめぐり、当時を偲びました。
その映画は観たいですね。そして、司馬遼太郎の作を再読しようと思います。

2017/09/06 18:57:18

パトラッシュさん

喜美さん、
何処も同じですね。
私の妻は、映画に誘うと、よほどのことがない限り、
付いて来ます。
しばし、主婦業から、離れられるのが、うれしいようです。

2017/09/06 19:14:27

パトラッシュさん

漫歩さん、
関ヶ原に行かれましたか。
あそこは、広いので、隈なく巡るには、一日では足らないようです。私も、また行きたいと思っております。

司馬さんの読者なら、是非、映画も見て下さい。
そして、映画と小説との差を、お書きになって下さい。

2017/09/06 19:18:03

澪つくしさん

結構、歴史ものがすきなんです♪

時間を作って出かけてみたいですね!

2017/09/07 13:15:44

パトラッシュさん

澪つくしさん、
歴史好きなら、見逃せない映画です。
是非、行って下さい。
石田三成、いい男に描かれています。

2017/09/07 17:18:24

シシーマニアさん

当地に越してきて間もなく、交通情報で「関ヶ原」の名前を頻繁に聞いて、ちょっと感動しました。
歴史の浅い、北海道人の癖かも知れません。
あの辺は、雪が降りやすいとかで、新幹線も時折遅延したりします・・。

この映画は、平岳大が出ているので、見たいと思って居ました。
ミーハーな私は、平幹二朗と佐久間良子に双子が生まれて、男の子に岳大、と名付けたというニュースが記憶にあるのです。
漢字も読み方も、気に入りました。
二人共、好きな俳優さんだったからでしょうけれど・・。

2017/09/08 05:34:19

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
関ヶ原というのは、この国の歴史の、大いなる転換点であったわけですが、桶狭間など、他の古戦場と違い、現代でも、交通や気象の面で、しばしばその名が出て来るところが、面白しですね。

平岳大のご贔屓でしたか。
なら、是非、この映画を、ご覧になって下さい。
三成麾下の、智将としての、島左近を良く演じていると思われますので。

2017/09/08 07:55:10


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