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都わすれの「「ベガルタ応援日記」

都わすれの10大ニュース 1位 

2011年12月30日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し


3月11日14時46分・・・あの東北大震災の時間です 


私だけでなく日本全体としても、本当にトップのニュースではないでしょうか 


しかしながらあの時間私は一人で自宅にいたが、空き家から帰ったばかりであそこにいたらケガしていたかもしれない 



「内陸地震」の時に仏様の花瓶が倒れて落ち、お線香の灰と水であたり一面「ドロドロ」になったから、PCの前から隣の部屋に移動して花瓶を両手で押さえていました 


ところが横揺れから縦揺れになり、立っていられなくなって花瓶を手に・・どのようにして座ったのか分からないが(膝が悪いから手をつかないで座れない)、地震が収まった時は敷居上に両足を投げ出して花瓶2個抱いていた 


その間仏壇の中のものは全て下に落ちたが、勿論どうすることも出来ない 


地震が収まってすぐレッズサポさんで、青森にお住まいの方からメールが入って返信をした 
 
揺れている間は意外と「恐怖」は感じなかった 


耐震構造で建てて6年が過ぎたばかりだったから、我が家が壊れる時は・・・と言う気がしていたからか・・


程なく嫁さんが帰宅し・・誰も帰ってこないと、お隣の娘さんがワンちゃんを抱いて震えていた 


この時点で私は勿論停電になったから、PCもテレビも見られないし・・携帯も繋がらなくなった 


ラジオと言えカーラジオだけだけれど、「聞こえない」と思うから車のところに行ってないし、何の地震の情報も入ってなかった 


33年前の宮城県沖地震の時は帰宅してすぐで、会社に戻ってみたらガスボンベが倒れて、プロパンガスが噴出していたから空き家に行きたいと言ったが、嫁さんから「頼むから行かないで」って止められた 


後から聞けばヘリコプターが飛び交い、津波が来るから「避難するよう」言っていたらしいが、全くもって何の情報も無く明るいうちは、あちこちに飛び散った線香の灰を掃き集めていた 


自室は「観音開き」の書棚の戸が開いて、全く足の踏み場も無かった 


暗くなる前にやはり空き家に行って来たいで、出かけたが道路は半分陥没し軽が通るのがやっとだった 


家の中に入らずボンベだけ戻し(宙ぶらりんだった)、シャッターが壊れた車庫の前にいたら、ワゴン車で通った若いおねえちゃん二人が「そこまで水が来ています」って言うから、慌てて自宅に戻った


携帯は全く繋がらず・・息子と嫁さんは繋がって、確認できたらしかったし娘も息子に連絡したらしく、嫁さん経由で知らされた 


夜になって連絡が付いたのは義弟だけで、中学校に避難していると言うことだったが、一度避難した小学校は一階部分が浸水して、自衛隊の車で中学校に移動だったと・・


私の車はガソリンがやや満タンに入っていたが、テレビなんてないし息子の車はガソリンが・・



翌朝の新聞も届かなかったし、津波被害や原発事故など4日目の朝に電気が点くまで全く私は分からないに等しかった 


ネッ友さんなどから12日の夜辺りから、電話やメールが届くが充電できなくて、息子から借りた車の充電器で充電も・・すぐに無くなる 


電気が点いてPCのスイッチを入れたら、起動したから良かったが一度停電で、ハードディスクの交換になっていたから心配だった 


後で考えると何を考えていたのかと思うが、Jリーグの中止も知らなかったし実際明日の試合は・・とも思った 


聴力障害者は本当にこのような時困りますね 


海に近いところだったら完全に「犠牲者」だったっと思う 


震災後4月初めまではガソリンが買えないし、流通も止まっているから食品なども買えなかった 


私はこれで大きな地震を二度体験(33年前は自宅が全壊)だったが、生きている間にもう無いのでしょうね 




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