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『いのち』 

2021年10月25日 外部ブログ記事
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久しぶりに 日本の詩人・画家である星野富弘ワールドに浸りました。
『いのち』
いのちが一番大切だと思っていたころ生きるのが苦しかった
いのちより大切なものがあると知った日生きているのが嬉しかった
「命より大切なもの」って何だと思いますか? 星野さんはそのことには触れていません。
生き生きと輝いて、自分らしく生きていける場を見つけられた事、命なんかを忘れて植物とふれあう事。
体には傷を受けているから確かに不自由ですが、心はいつまでも不自由ではないのです。
星野さんの命よりも大切な心はふれあいの心だと思います。
プロフィール、ご存じの方も多いと思いますが、星野富弘さんは1946年、群馬県勢多郡東村(現みどり市東町)に生まれました。
活発で器械体操が大好きだった星野さんは、大学を卒業してすぐ、中学校の体育の先生になりました。
しかし部活動の指導中、マット上で宙がえりをした星野さんは、頭から落ちてしまいます。
失敗すること自体は、体操選手にはよくあること。
すぐに起き上がろうとしますが、首から下の感覚すべてがなく、まったく動けない状態になっていました。
星野さんはこのとき、頸髄を損傷してしまっていたのです。
病院に運びこまれた星野さんは、大手術を何度も受け、高熱を出し、人工呼吸器をつけ……と壮絶な日々を過ごします。
2年が経つころには、治療や周囲の看病のおかげで自分で呼吸ができるようになりますが、首から下が動かないのは変わらず、自分でトイレにも行けず、食事も食べさせてもらわなくてはならず、ただただ、天井を見つめるばかりの日々を過ごしていました。?そんな星野さんの変わりばえのしない毎日を変えたのが、口にペンをくわえて文字を書いたことでした。
本の中で星野さんはこの時のことを、「目の前がパァーッと明るくなりました。」と書いています。
口に血をにじませ、歯を食いしばって書いた文字。
星野さんは、器械体操の技が、毎日の練習でだんだん身につくように、一文字一文字、器械体操をはじめたときのような気持ちでやってみよう、と取り組みはじめます。
現在も詩画やエッセイの創作活動を継続中で、1991年に星野富弘さんの故郷である、群馬県みどり市東町に富弘美術館が誕生しました。
美しく繊細な草花を多く描き、それに詩を添えた星野さんの詩画は、今でも全国の人々に感動を与えています。
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