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敏洋’s 昭和の恋物語り

水たまりの中の青空 〜第一部〜 (六十三) 

2021年01月26日 外部ブログ記事
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 正三の意に反し、小夜子はグイグイと中程の客席に進んで行った。
帰りを急ぐ客を押しのけるようにして、時に罵声を浴びながらも、流れに逆らって入り込んだ。
正三は、ただただ謝りつづけた。
正三としては立ち見の方が良かったのだが、小夜子は頑として中央の席を目指した。
“下心を見透かされたのか”と動揺するが、「座りたいの」という小夜子を無視するわけにはいかない。

「済みませんが、席を一つずらしてもらえませんか。あたしたち、二人なんです」と、無理やりに二つの席を確保した。
舌打ちしながらも、中年男は席を空けてくれた。
「どうもすみません、すみません」。正三は何度も頭を下げて、その男の隣に座った。
「正三さん、謝ることはないわよ。混んでるんだから、仕方ないわよ」
 聞こえよがしに言う小夜子に、「そうは言ってもね、無理をお願いしたんだから」と、正三がたしなめた。
「人が好いんだから、正三さんは」。不満げに、小夜子が答えた。
明らかに不機嫌な表情を見せる男に、正三は黙って頭を下げた。
気まずい雰囲気の中、館内が暗くなり、上映が始まった。

“こんな筈じゃなかった”。正三の目論見は、完全に閉ざされた。
最後尾の客席後ろに設置された手すりに小夜子を立たせ、ガードするように小夜子の後ろに立つ積もりの正三だった。
自然な形で、小夜子に接触できることを願っていた正三だった。
そして「大丈夫かい?」と、耳元で優しく囁ける筈だった。

「いいか! 女なんてのは、耳元で甘く囁かれると、グッ!とくるものだぜ」。
「そうそう。混んでるんだから、体に触れたって不自然じゃないんだ」。
 友人たちの折角のアドバイスも、まったくの無駄になってしまった。
然も、気まずい空気が流れている。
意気消沈してしまった正三は、もう映画どころではなかった。

小夜子の横顔を盗み見すると、食い入るようにスクリーンを見つめている。
話し掛けることはできない。
隣の男は腕組みをしている、明らかに不機嫌だ。
どうにも映画の中に入り込めない正三だった。

 小夜子のたっての希望で、再度見ることになった。どうしても一度では、物足りないと言う。
正三には願ってもないことだ。いま外に出ても、まだ陽が高い。
それに、殆ど映画を見ていなかった。あれこれと思い悩む中では、役者たちの台詞すら右から左にすり抜けていく。
これでは、小夜子の気分を害するに決まっている。

小夜子のことだ、色々と検証するに決まっている。
その折に、生返事を繰り返すわけにはいかない。
それにしても、難解な内容だった。
ストーリーとしては単純なのだが、登場人物それぞれが異なる証言をしている。
罪から逃れようとするのではなく、自らの凶行だと言い張っている。

佐伯家での夕餉の場で父親が口汚く罵る役場の人間たちは、みな責任逃れをしているように聞こえる。
そんな責任逃れに対するアンチテーゼか? と思えてしまう。
しかし確かに原作本でも「俺が、わしが、拙者が」と、身を乗り出している。
作者である芥川龍之介特有の遊びこころのなのかと思ってしまった。
 いつの間にか、正三も食い入るように見入った。

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