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敏洋’s 昭和の恋物語り

水たまりの中の青空 〜第一部〜 (六十二) 

2021年01月21日 外部ブログ記事
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 予期していたこととはいえ、ホールから観客が溢れていた。
扉を開け放ち、黒い幕を張り巡らせている程だった。
「やっぱりね、すごい人気だわ」
「まいったな、これは。どうする? 一旦、出るかい。
半券に印を入れてもらって、出直そうか」
「ここで待ちましょうよ。あと、二、三十分もすれば終わるんだから。
そうだわ、軽く食べましょう。そこの売店に、アンパンが売ってるわ」

 もう、おどおどした態度を見せる正三ではない。
厳格な父親に対して、宣戦布告をした――してしまったのだ。
今さら後戻りは出来ない。
小夜子にしても、正三に対する態度に変化を見せている。
横柄な態度をとることもありはするが、頼もしい男性として眩しそうに見上げる仕種を見せることもある。
正三に対してだけは、お嬢さま然とした態度や言葉遣いをやめた小夜子だ。
ただ、あくまで主導権は小夜子にある。それだけは決して譲ろうとしない。 

 とにもかくにも、正三の買い求めたパンとラムネで時間を潰すことにした。
正三としては、映画を見終わった後で洋食屋での食事を考えていたのだが、小夜子の意向に逆らうことはなかった。
機嫌を損ねては、この後の腹積もりが狂ってしまう。
「夕食を奮発してやれよ、正三。カツレツ辺りを、ご馳走してやりな。
とに角、陽が落ちるまでは、時間を何としても潰すんだ。
その後に、公園でひと休みするんだ。なあに、アベックだらけに決まってる。
黙ってても、良い雰囲気になるってもんだぜ。
ヘヘ、羨ましいぜ。何てたって、あの小夜子だもんな」
「そ、そんなこと」。「おいおい、正三。お前もそろそろ、男になれよ」
そんな悪友たちとの会話が耳から離れない。
下心を見透かされまい、それが至上命題の今日の正三だった。

「ねえ、聞いてるの!」
「あ、ああ。もちろん、聞いてるよ」
 生返事を繰り返していた正三は、慌ててかぶりを振った。
「あたしも、なんとしても東京に行くわ。正三さんは、いつなの?」
「今月末の予定なんだ。来月に、入省させて貰えるから」
「いいわねえ、正三さんは」
「ありがたいと、思ってるよ。だけれど、責任が重い。
伯父さんの顔を潰すようなことは、できないから。
重圧感で、いっぱいだよ」
「あっ! 終わったみたいよ。急がなきゃ!」

 ぞろぞろと、黒い幕の間から、観客が出てきた。皆一様に、難しい顔をしている。
「この映画って、芥川龍之介の『藪の中』をメインにしてるんでしょ、確か」
「うん。『羅生門』という作品と、くっつけてる筈だ。短編だからね、芥川の作品は」
「正三さん。あたしのこと、好き?」
 小夜子の突然の言葉に、正三は言葉が出なかった。
愛くるしい瞳で見つめられて、正三の胸の高鳴りが、一気に爆発した。
「ああ、勿論!」。思わず、叫んでしまった。
「そんな大きな声で言わなくてもいいのに。変な正三さん」
“変なのは、きみだよ、小夜子さんだよ”

 突然に聞いてくる小夜子の意図がまったく分からない正三だった。
小夜子にしても、意味のある問いかけではなく、今のいま、聞きたくなっただけのことだった。
ただそれだけのことだ。

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