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大間秀雄のブログ

ウクライナの歌姫が原発の悲惨さを語る 

2011年08月05日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し


7月27日東日本大震災復興応援コンサート「ナターシャ・グジー」コンサートが本荘市で行われて出かけてきました。
彼女はウクライナの歌姫と言われバンドウーラという竪琴のような民族楽器を演奏し美しい容姿とソプラノの歌声は心なごませ観客を魅了しました。






◇プロフィール(写真とも公開ブログより転載)
 ウクライナ生まれ。
 ナターシャ6歳のとき、1986年4月26日未明に父親が勤務していたチェルノブイリ原発で爆発事故が
 発生し、原発からわずか3.5キロで被曝した。
 その後、避難生活で各地を転々とし、キエフ市に移住する。
 ウクライナの民族楽器バンドゥーラの音色に魅せられ、8歳の頃より音楽学校で専門課程に学ぶ。
 1996年・98年救援団体の招きで民族音楽団のメンバーとして2度来日し、全国で救援公演を行う。
 2000年より日本語学校で学びながら日本での本格的な音楽活動を開始。
 その美しく透明な水晶の歌声と哀愁を帯びたバンドゥーラの可憐な響きは、日本で多くの人々を魅了している。
 2005年7月、ウクライナ大統領訪日の際、首相官邸での夕食会に招待され、演奏を披露。
 コンサート、ライブ活動に加え、音楽教室、学校での国際理解教室やテレビ・ラジオなど多方面で
 活躍しており、その活動は高校教科書にも取り上げられている。

日本に来て11年目だそうですが、その生い立ちがまさに原発の避難民で6歳のころチェルノブイリ原発事故で3日間避難しなさいと言われ家を後にしてその後詳しい内容も知らされずに避難を続けとうとう20数年たっても故郷の家もすべてなくしてしまったようだ。日本には支援団体の音楽イベントの一員としてきてその後日本で語学研修と音楽活動を行っていたが第二の故郷日本で再び原発事故に遭遇するとは何んと云うめぐりあわせなのだろう。原発事故の悲惨さと故郷を失った悲しみをこめた歌声はコンサートのプログラムに現れアンコールに応え多くの日本人も唄った「ふるさと:伝えたい思い」と題して切々と歌う歌声は次第に観客皆の歌声となって会場中に響き渡った。興味のある方はCDも来日10周年記念アルバムなどたくさん出てますので聴いて見てください。

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