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敗戦の日に思う 

2019年08月15日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

惨めすぎた敗戦。焼夷弾に怯えなくて済むからホッとしたけれど、その後の生活の厳しかったことは 忘れ難い。14歳になったばかりの私と59歳になっていたお嬢様育ちの母の暮らしは、インフレで父の遺産があっさり消滅。仕事もなくてたちまち困窮。日々を生きるのに懸命で、世の中の状態を知る暇もなかった。
住む家があってさえこれだから、父や夫を戦争で亡くし、家を焼かれた家族の困窮は想像もできなかったし、戦災孤児が次々餓死したのも、知らなかった。
断続的に飢えが続いたから私の背丈は147cmで止まってしまい体重は37キロくらいだった。


そんな時代を知らない今の為政者達は、武力がないと平和が保てないと言う。
74年前、武力で戦ったからボロボロになったことをちゃんと認識していない。
なんで外交オンチのまま、外交術を研究しないのか。国益を守りつつ、他国と平和に付き合う術を学ばずにトランプに学んでやたら対立を深める、愚かな外交。下手すぎ!


74年間平和が保たれたのは、平和憲法のおかげ。泥沼のベトナム戦争にも参加させられないで済んだ。韓国は派兵させられたのに。
それなのに、軍事力を増強して、海外の戦争でアメリカを助けよう?だなんて!何考えているの?国益に反することばかりでしょう。
平和憲法がなかったら、朝鮮半島やベトナムなどで日本兵の血が流れたはずでしょう。
74年間、戦死者を出していないのは平和憲法に守られていたからでしょう。
それを改悪したいなんて、とんでもないと私は思う。


先日一冊の本をいただいた。その方のご主人の父上が、シベリヤ抑留中に亡くなられた、ことが書かれているとのこと。まだ読む暇がないのだけれど、そのうちじっくり読ませていただきます。

私はスターリンを「火事場泥棒」と思っている。あれほど腹立たしい相手はいない。
中立条約を一方的に破って、漁夫の利を得ようと参戦、満州や朝鮮半島の日本人を蹂躙し千島樺太を奪い、理不尽にも65万とも70万とも言われる日本人をシベリヤへ拉致した。満足な食事も与えず、こき使って、1割近い死者を出した。


日本が敗戦を認めるまでにぐずぐずしすぎたから、スターリンにまで付け込まれたわけだけれど、当時のソ連のやり口は汚なすぎた。


その犠牲者の遺書のお話、落ち着いたら読ませていただきます。


西の方では台風被害が起きておりこれ以上酷くなりませんようにと祈るばかりです。
台風の余波で今日も晴れたり降ったりの繰り返し強風にも悩まされていて、買い物に出そびれています。
娘と孫はホームセンターに出かけましたが、晴れ間に帰ってきますように。


有り難いことに、ここは地震にも風水害にも極めて安全な地域なのですが。




再三になりますが、「96歳の遺言〜戦争だけはやっちゃダメ」のページにリンクを貼っておきます。
「日中戦争の中の青春」などいくつもの記録が貼り付けてあります。
たくさんの記録を、ぼちぼち読んでいただけたら嬉しいです。

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