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中東の歴史14(ティムール、オスマン帝国、メフメト2世、サファヴィー朝) 

2019年03月15日 外部ブログ記事
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中東の歴史14

軍事の天才「鬼武者」ティムールの登場

 ☆百戦錬磨の最強国家ティムール朝
 *14世紀のイスラーム世界の主役は、ティムール朝
 ☆建国者のティムールは、盗賊団の首領から1代で大帝国を築いた軍事の天才
 ☆若くして右足を負傷し「鬼武者」のような姿で戦場に臨んだ
 ☆大帝国となるオスマン帝国でさえティムールにはまったく歯が立たず
 *アンカラの戦いで完膚なきまで叩きのめされ滅亡寸前に追いこまれました
 ☆ティムールは、中国の明に攻め込む途中に病死しする

トルコ人王朝の”決定版”オスマン帝国の成立と拡大

 ☆トルコ民族国家の“集大成"オスマン帝国の誕生
 *トルコ人による国家は、11世紀のセルジューク朝、13世紀の2つの奴隷王朝
 ☆15〜16世紀には巨大帝国、オスマン帝国が成長する
 ☆オスマン帝国の中心地、現在のトルコ共和国が存在する小アジア
 *この地がトルコと言われるようになった
 ☆現在でも、トルコと言えば、中央アジアの「トルキスタン」でない
 *小アジア半島のイメージが強い

難攻不落の都を陥落させた”奇策”とは
 ☆オスマン1世により建国されたオスマン帝国
 ☆初期は、ティムールに敗北し1度は滅亡寸前にまで追い込まれます
 ☆15世紀中盤の「中興の祖」、メフメト2世の時代になって急速に強大化する
 ☆メフメト2世は、ビザンツ帝国の都だったコンスタンティノープルに攻め込む
 *コンスタンティノープルは、堅い守りで知られていた
 *メフメト2世は、72隻もの軍艦を山越えさせて陸側から侵入する
 *そして、入り江の中から攻撃するという奇襲作戦
 *難攻不落のコンスタンティノープルがついに陥落した
 ☆コンスタンティノープルをイスタンブールと改称して都にした
 ☆セリム1世はエジプトのマムルーク朝を滅ぼす
 *メッカ、メディナを占領し、名目上の「イスラームの主役」の座を獲得する
 ☆スレイマン1世の時代、オスマン帝国は最盛期を迎える
主役から一転、ゆっくりと衰退へ向かう
 ☆フランスと同盟を組み、神聖ローマ帝国に挑戦してウィーンを包囲する
 ☆第1次ウィーン包囲が失敗に終わり、オスマン帝国は衰退し始める
 ☆セリム2世は、レパントの海戦でスペイン海軍に決定的な敗北を喫した
 ☆第2次ウィーン包囲でも失敗し、衰退の一途をたどる
イラン
 ☆ティムール朝の滅亡後、サファヴィー朝が成立しシーア派を国教にした
 *現在に至るまで、イランはシーア派の国家が続きます
 ☆サフアヴィー朝が築いた都・イスファハーン
 *当時、世界中の人が憧れた美しい都です

知識・意欲の向上目指し、記事を参考・引用し、自分のノートとしてブログに記載
出典内容の知識共有、出典の購読、視聴に繋がればと思いブログで紹介しました
 ☆記事内容ご指摘あれば、訂正・削除します
私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います
詳細は、出典記事・番組・画像で確認ください
出典、『世界史の教科書』










中東の歴史14(ティムール、オスマン帝国、メフメト2世、サファヴィー朝)
(『世界史の教科書』記事、ネットより画像引用)







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