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平成の虚無僧一路の日記

プロとアマ 

2019年01月26日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



「プロとアマ」で検索して、こちらは「陶芸家」のブログ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・陶芸家には、プロの試験も認定制度も資格もない。土を握って焼成すれば、プロもアマもない。全国的な陶芸公募展でも、プロだから入選、アマだから選外という事はない。プロと呼ばれている人でも選外になるし、アマと呼ばれている人でも入賞する。プロもアマもない、あるのは作品だけなのだ。うまく定義できないが、「プロであるという心意気を持っていれば、下手くそでもプロである」。逆に「すごい技を持っていても、自分はアマと思っている限り、アマと呼ばれている領域から抜け出る事はできない」。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はて、 要は、本人の心根次第か?ただし、この方 「他人が決して真似のできない技を持っている人が超一流」と述べている。それには納得。尺八の世界も同じ。プロでも年収300万以下では、                                                     食べていけないのだから、プロとはいえない。                                                     その点では、私はプロといえない。                                                                
逆にアマでも、プロ以上に上手な方もいる。だが、                                                        技術的にはすばらしくとも、プロとして認められるには、                                                   強烈な個性、オリジナリティを持っているか否かだ。                                                      その音色、演奏を聴いただけで誰だかがわかる。                                                      それは他人には真似できないものを持っているか否かだ。ひるがえって私。「9孔尺八」で「5孔」では吹けない半音階の移行の曲でも吹奏は可能。1尺3寸〜2尺4寸までの尺八で、                                               どんなキイにも対応できる。それで、演歌、詩吟、琵琶、一絃琴、ご詠歌、声明、バロック、前衛音楽、舞踊などの伴奏の仕事が舞い込む。「余人をもって替え難し、オンリーワンの尺八プロ」。言い方を替えれば「隙間(すきま)産業」で細々と食べていけるのでござる。

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