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平成の虚無僧一路の日記

野口雨情 『赤い靴』 

2019年01月11日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



「赤い靴 履いてた 女の子 異人さんに連れられて 行っちゃった」この曲は尺八によく合う。しかしまだ人前で吹いたことはない。子供の頃、この歌から、私は潜在的に外人恐怖症になった。赤い靴を履いている子は外人に連れて行かれる。外人は人さらいだと怯えたものである。英語嫌いになったのもそのせいだ。太平洋戦争で負けた日本には、何千人もの戦災孤児やアメリカ兵との混血児が生まれた。そうした孤児をひきとって養育していたエリザベス・サンダース・ホームの宣教師が、2千人もの孤児を、アメリカ人に養子として斡旋し、高額の金を得ていたことが暴露された。異人さんは「人買い」だと騒がれた。私は「赤い靴をはいてた女の子」は、てっきり、戦後の話かと思ってた。そしたら、『赤い靴はいてた』の歌は、1922年(大正11年)、野口雨情作詞・本居長世作曲で発表された童謡でした。この歌のモデルがいたということが、1974年北海道テレビで放映された。「その子は 静岡県清水市生まれ、北海道に渡り、生活苦からアメリカ人牧師に貰われ、アメリカに渡るはずだったが、結核で、麻布の鳥居坂教会の孤児院に預けられ、9歳で亡くなった」というもの。番組を制作したのは、北海道新聞の記者「菊池寛」で、1979年には『赤い靴はいてた女の子』という本も出版している。その話を元に、日本全国ゆかりの地に「赤い靴の像」が建てられた。1979年、横浜山下公園に『赤い靴はいてた女の子の像』が作られた。1986年、日本平『母子像』1989年、東京麻布十番『きみちゃん像』1991年、北海道留寿都村『母思像』 2007年、北海道小樽市『赤い靴 親子の像』ところがところが、この話は「菊池寛」の捏造だという話も出てきた。「あの文豪の菊池寛が?」と思ったら、「文豪 菊地寛」は1948年に亡くなっている。同姓同名の別人。記者の名前まで嘘くさい。

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