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平成の虚無僧一路の日記

最後の虚無僧「谷 狂竹」 

2018年11月16日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



“最後の虚無僧”と言われた谷狂竹。大正から昭和にかけて、生涯を虚無僧の旅で通した人だ。戦前は、虚無僧は法律で禁止されていたのだ。谷狂竹は何度か警察に捕まり、留置場に入れられている。その時の弁明は「自分から金品をねだってはいない。自分の尺八を聞いて仏心を起こして喜捨してくれるのだ」というもの。「尺八に悲しき命つみ重ね つみ重ねつつ 吹き狂う我は」「吹くことのほかにすべなき 我は日々 歓喜感謝を繰り返し吹く」「竹吹いて書くべき文も書かずして 義理や恥かく 我は狂竹」狂竹狂竹(恐縮恐縮)戦時下に、虚無僧を貫くのはさぞ大変だったろうと思うが、本人は全く意に介してない。尺八以外に一物もなし。夏になれば単衣の着物を、冬になれば「それでは寒かろう」と合わせの着物を誰かが進呈してくれる。宿は心配せずとも夕刻になれば「うちへ泊っていってください」と声をかけられる。「何不自由ない」と語っている。ホントに私も今はその心境だ。食事は1日一食だが、誰かがご馳走してくれる。着物も椅子や机も、パソコンも、皆いただいたものだ。『虚無僧行脚の誓語』というのがある。一・衣食住は天道に任すべし。当季外の衣は捨つべきこと一・病人、非人、乞食等に出遭わば、できる限りの介抱、  親切を尽くし、慈悲を加うべき事一・山賊追いはぎに逢はば裸になりて渡すべし  もし殺害に及ばば首を伸べて待つべし殺されてもいい覚悟だ。

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