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平成の虚無僧一路の日記

『名古屋叢書』 第6巻 地理編 (1) 

2018年09月07日 外部ブログ記事
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『名古屋叢書』 第6巻 地理編 (1)
p.432 「金鱗九十九之塵 巻第22」
【呉服町】 七間町の東に在り 
当町は 往昔 清洲越の町にこれあり。清洲において町名を「ごふく町」と唱ふ。
然るに慶長の年中、那古野の此の地へ引越し来たり、旧号を用ひ「呉服町」と申し候。
家数64軒。
東照宮祭礼の警固 普化僧12人 紫衣を着た大領2人
?
【常盤町】 呉服町の南に在り
当町は 往昔 清洲にありし時、町内に竹を商うもの多く住居しける故に
「竹屋町」と呼びにけるよし。清洲より名古屋の此の地へ引越し来たりても
かの旧号を用ひ、「竹屋町」と称しける。然るに、元禄の頃、市中度々
出火せしかば、「たけや」を逆に読むと「焼けた」となり、忌み嫌って、
竹は常盤なるによって「常盤町」と改めるべく願い出て、元禄14年より
「常盤町」となる。
家数58軒 
東照宮祭礼の警固 頼朝 八幡詣10人出 
元は呉服町立合いにて 普化僧の練り物なりしが、天和・貞享(1681〜)の
年間に、今の警固に変わる。
?
然るに慶長の年中、那古野の此の地へ引越し来たり、旧号を用ひ「呉服町」と申し候。
家数64軒。

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