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平成の虚無僧一路の日記

建築家「村野藤吾」 

2018年06月30日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



私が心酔敬愛する人物は「チャップリン」と「村野藤吾」。二人に共通するのは「ヒューマニズム」。でありながら「孤高の人」だったことだ。チャップリンも映画の製作に当たって「シナリオ」が無かった。ワンシーンを撮るのに何万回も撮り直しをさせた。妥協を許さない飽くなき執念は常軌を逸していた。映画の完成に締め切り日がなかった。「村野藤吾」もそうだ。建築は無から有を生む。限られた制約のある敷地を見ながら、構想を練る。白い紙に4Bの鉛筆が走る。その線はやがて真っ黒になる。何本も重ねて書かれた線から1本の線をたぐり寄せて形ができていく。村野藤吾はアール(曲線)に特にこだわった。階段は螺旋階段だ。フリーハンドで描かれた階段の図を、スタッフが形にしていかなければならない。気にいらないと、何度でも書き直し、造り直しを命じられた。ホテルの建設にあたっては、各部屋ごとの調度品、机、椅子、カーテン、レストランで使われる食器類の柄まで、なにからなにまで、自分でデザインしなければ気が済まなかった。これでは、工期までに 間に合うのか、関係者はいつもハラハラドキドキさせられた。竣工式の日に階段がまだできていなかったという話もある。村野藤吾は「建築家」という枠に留まらない、すべての芸術を超越した天才だった。

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