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山の背比べ 

2018年06月19日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



山の背比べ 岩波少年文庫・日本民話選・わらしべ長者・ 木下順二 より再話(25分の話を10分にまとめた)


あるところに、川を挟んで二つの山が、大昔から、並んで立っておった。
北の山はなだらかな山で、南の山はややごつごつした山であった。


二つの山は、おなじくらいの高さに見えるので、麓の村人たちは、どっちが高いだろうと良く噂をしておった。
二つの山の頂きに、もし樋を掛け渡すことができたなら、水はどっちに流れるだろうかと。
南へ流れるという人もおったが、北へ流れると思う人の方が、少し多かった。


川は西から東に流れている。川上の西の村に、一人の若者が住んでおった。いや、住んでおったとは言えないかもしれん。
若者は家に居場所がないのだった。
たくさんの男兄弟の末っ子で、邪魔者扱いされ、こき使われるばかり。いくら一生懸命働いても、将来畑の一枚も貰える当ては全く無かった。
けれども若者はそんなことには頓着せず、毎日一生懸命働いておった。
何しろ分厚い胸板に力が漲っているような男であったから。


ある晩若者は夢を見た。
北の山の女神様が、
「私は南の山よりも脊が高くなりたい。小石一つでも良いから私の上に上げておくれ。そうしたら、お前の願いはなんでも叶えてあげます」といった。若者はそのまま眠り続けた。


ちょうどその頃川下の南の村を、とぼとぼ歩く娘がいた。
親がないばっかりに、親戚を転々として、どこに行っても邪魔にされ、こき使われるばかりで、ろくなものも食べさせてもらえず、ろくな着物も着せてもらっていない娘だった。
今日も今日とて、些細なしくじりをきつく叱られて、夕飯を食わせてもらえず、たまりかねて夜中に飛び出して来たのだった。


星明りに川面を覗いたとき、お腹が空いている娘は、流れに引き込まれそうになって、「あっ」とのけぞった。そのとき上の方から誰かの声がした。
振り向いたが誰もいない。暗がりに目を凝らすと、北の山の姿が微かに見えた。また、高いところから声がした。娘は、「あ、あの山だ」と感じた。声は、
「私はみすぼらしいのは嫌。脊が高くなりたい。小石一つでも良いから、私の上に上げておくれ。そうしたら、お前の願いはなんでも叶えてあげます」と言った。
娘は石を拾うと山に向かった。


一方、若者は、いつものように夜明け前に起きて庭で顔を洗い、腕をブンブン振り回して「さあ、今日も働くぞ」と言った。だがその時、夢のことを思い出した。
「そういやぁゆんべ夢を見たっけな。山の女神様が、背が高くなりたいと言うとった。それじゃあ朝仕事の前に、ひとっ走り山に登ってくるか」
暗がりで、一抱えもある石を見つけると、肩に担いで、ずんずん山に登って行った。


夜明け前の山は濃い霧に包まれていた。
だんだん明るくなるにつれ、木々の姿が霧の中に見えてきて、小鳥たちのさえずりが一斉に聞こえ始めた。


てっぺんに着いた時、丁度山の向こう側から日が昇るところだった。
若者は「あっ」と言って石を落とした。てっぺんに女神様が立っていたからだ。お日様を背にして立つ女神様の背中から八方に後光が差して、それはそれは神々しいお姿であった。
若者は喘ぎ喘ぎ言った。
「背が高くなりたいと言うことなので、石を持って来ました」
すると、女神様は戸惑ったように、
「あたしは、 あたしも、石を持ってきました」と言ってしゃがむと、若者が置いた大きな石の上に小さな石を置いた。


少し無言の時が過ぎて、若者は「あっ」と叫んだ。相手が女神様でないことに気づいた驚きであった。
「可愛い娘さんだ」と若者は言った。
「やっぱり、おらとおんなじ夢を見たのかね」
娘にはその意味がわからなかったが生まれて初めて、自分を温かい目で見てくれて、人並みに扱ってくれる人に巡り合った驚きでいっぱいであった。
「え、夢を見てここへやってきたのではないのかね」また若者がきいたのへ、
「夢?・・・夢かもしれない・・・」と答えながら、娘は一体なんで、自分はこんなところへ登ってきておったのだろうかと、初めて気がついたふうであった。
「どうした?何をぽかんとした顔で・・・うちはどこだ?」
「うちは、え、うちは無いのか?・・・うん?」
黙って若者を見上げていた娘の目から、突然涙が吹き出るようにわき上がった。それは多分、何やらわからぬ幸せと巡り合ったために溢れ出た涙だったのだろう。
娘は急に、小さい頃から今日までの自分の身の上を、若者に打ち明けたいという、気持ちになった。
吹き上がってくる涙をぬぐいもせずに、娘は昨夜川の岸での出来事を、そして夜中に川の岸をほっつき歩かねければならなかった訳を話し、幼い日からの身の上を詳しく語った。


しばらく時が過ぎて、お日様がやや高くなった頃、しっかりと手をつないで、山を駆け下りてゆく二人の姿があった。
若者は、「女神様はなんでも願いを叶えてあげると言われた。
おらは願いなど持ったことも無かった。おらの願いが叶うことなど、想像もできなかった。だがやっぱり願いはあったのだ。
今日から家を出て、この人とこの山で暮らそう。この山のことなら知り尽くしているから二人でなら生きて行ける。
厄介者のおらが家を出るといえば、みんなは喜ぶだろう。だがもしまだこき使っていたいと言うのなら、その時はこっちからおん出てやるまでだ」と心に決めていた。


若者に遅れまいとついて行く娘は、激しく波打つ胸の中で思っていた。
「みすぼらしいのは嫌と、女神様に言われたと思ったが、あれは私の気持ちが、声になって聞こえたのではないかしら。いままで、人は冷たいもの、私は生まれつきみすぼらしい女の子、そういうものだと思っていた。でも、私だってみすぼらしいのは嫌。胸を張って、人に愛される美しい女になろう。女神様はこの私の願いを叶えてくださるだろう」
娘は、若者の手を離すまいとしっかり握って、若者と肩を並べて、大股に駆け降りて行った。



何年か前にも、掲載したお話でした。

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