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平成の虚無僧一路の日記

明治天皇は相撲力士だった? 

2018年05月20日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



山岡鉄舟が、明治天皇の侍従を務めていた時のこと。ある日、天皇が酒に酔って「山岡、相撲を一番来い!」と、いきなり山岡に組み付き、押し倒そうとした。その時 山岡はビクともせず。怒った天皇は、山岡の目を突いてきた。すると山岡は体をかわしたので、天皇はドッと倒れてしまった。他の侍従たちが 山岡に「陛下が君を倒そうとなされた時に、君が倒れなかったのはよろしくない」となじると、山岡は憤然として、「そもそも大君が相撲ということは、この上ない不倫なことである。だから小臣は陛下が相撲をした事実を否定しなくてはならない。だから倒れるわけにはいかなかった」と突っぱねた。つまり、山岡は「天皇が相撲などという“不倫”な事をしてはいけない」と諌めているのだ。明治まで、相撲は被差別集団だった。それは「猿回し」などと同様、見世物だったからだ。ところで、明治天皇が相撲好きだったことから、とんでもない憶説が流れている。「明治天皇は、孝明天皇の子ではない。長州に隠れ住んだ南朝の末裔、大室寅之祐で、禁門の変で都落ちしてきた三条実美ら七卿との間に、大室寅之祐を天皇に擁立すべく密約が交わされていた。孝明天皇とその皇子を暗殺して、寅之祐を次天皇にする」と。「その大室寅之祐なる人物は、長州の不良力士だった。だから明治天皇は体格もがっしりしており、誰かれとなく相撲を挑む、無類の相撲好きだった」と。「南朝こそ正当」と称して左幕勤皇を説いてきた薩長が明治になって、その主張を取り下げたのは、明治天皇が北朝系の孝明天皇の子ではなく、南朝系の大室寅之祐にすりかえたからだというのだ。
この事実を知っている「坂本龍馬」「西郷隆盛」は抹殺された。
大室寅之助の出身地が山口県の田布施。岸、佐藤、安倍の出身地。

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