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フランス人の「サムライ魂」ブリュネ 

2017年03月31日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



幕府と薩長の最後の戦い「箱館戦争」で戦ったフランス軍人

幕末に日本の行く末をかけ、男たちが戦った最後の戦い「箱館戦争」
幕府側についていたのは、フランス軍人ジュール・ブリュネ
江戸幕府終焉の中、祖国の命令に背いてまでブリュネを動かしたものは「サムライ魂」では
知識・意欲の向上目指し、番組を参考・引用して自分のノートとしてブログを記載
記述に誤り不明点あると思います、詳細、出典記事・番組・画像等で確認ください
出典、番組BS11(尾上松也さんの古地図で謎解き!)、WIKIPEDIA




フランス軍人ジュール・ブリュネ(ネットより画像引用)

ブリュネフランス軍人へ
陸軍士官学校、陸軍砲兵学校を卒業し、第3砲兵連隊附陸軍砲兵少尉に任官
メキシコ出兵に出征して功あり、近衛砲兵連隊附に栄転
砲兵中尉に昇進、近衛騎馬砲兵連隊

ブリュネ、日本での軍事顧問団時代
ナポレオン3世は開国した日本との関係を強める
 ☆徳川慶喜に対日軍事顧問団を派遣
軍事顧問団の副隊長に選ばれフランス陸軍砲兵大尉として日本に到着した
戊辰戦争で、江戸幕府は明治新政府軍に敗北する
 ☆フランス軍事顧問団は、新政府から日本からの退去を命令された
フランス軍人の一部、残留を選択しフランス軍籍を離脱した
フランス軍人の一部、榎本武揚率いる旧幕府艦隊に合流、箱館戦争に従軍した

ブリュネの箱館戦争へ参加
ブリュネは、榎本武揚を総裁とする、「蝦夷共和国」の創設を支援した
箱館政権軍を明治新政府軍が攻撃し総裁・榎本武揚らは新政府軍に投降する
フランス人らは、箱館港に停泊中のフランス船に逃れた
ブリュネは離日した

ブリュネのフランスでの名誉回復
フランスに戻ったブリュネは、原隊である第18砲兵隊に復帰
 ☆ブリュネの裁判で、フランス軍籍を離脱時の置き手紙が新聞に掲載され世論の支持が集まった
ブリュネは、一等大尉として、ウィーン大使館付きの武官補佐官となった
少将に昇進し、フランス陸軍参謀総長にまで登りつめた
日清戦争では日本に貢献したことから、明治政府から勲二等旭日重光章を授与されている
 ☆明治政府の閣僚となっていた榎本武揚の上奏があったと言われている

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