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平成の虚無僧一路の日記

濫吹 

2017年03月21日 外部ブログ記事
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「濫吹(らんすい)」「潮吹き」ではない。『大内氏壁書』「永正18(1521)第172条に、「濫吹の仁、逃失の後立帰り自由に横行すること」とあり、「濫吹」の語が目に止まった。虚無僧研究会機関誌『一音成仏』(H3.第21号)「虚無僧史補稿(石綱清圃)」に『建内記』の嘉吉元年(1441)の記事「諸人所領“濫吹”致し、 以外(もってのほか)の由風聞、終(ついに)天罰当たるか」について、これは「近江の馬借(ばしゃく)一揆」の事件を伝えたもので、馬借たちが“濫吹”、つまり尺八をブーブー吹き鳴らして威嚇した」と解説している。石綱氏は虚無僧研究の第一人者だが、神田可遊氏も指摘しているように、荒唐無稽な解釈が多い。私はこの解説に長い間 疑問をもっていた。「濫吹(らんすい)」とは、漢字の意味は「濫(みだ)りに吹くこと」だが、石綱氏の原稿では、『韓非子』に「斉の宣王は笛が好きで、笛吹きに扶持を与えたので、浪人共が多く集まり、数百人にもなった。全員で笛を吹くと上手く聞こえるが、一人ずつ吹かせると、いずれも技量に自信がなく、たちまち去って行ってしまった。このことから“技量を持たぬ者、能力の無い者が、大勢の中に混じってその地位にあること”」とまで、解説してくれている。しかし『大内氏壁書』の解説では「転じて、秩序を乱すこと。乱暴狼藉」と、さらに付け加えられている。『大内家壁書』の記事と双方つき合せて考えれば、「濫吹」とは、「秩序を乱す者、乱暴、狼藉」の意味でしかないことがわかる。石綱氏は、「虚無僧の前身は“馬聖(うまひじり)”」との説もあり、馬借と尺八を強引に結びつけたものといえよう。(「馬借」とは当時の輸送業者)

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