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平成の虚無僧一路の日記

妙心寺の明智風呂 

2011年02月27日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



臨済宗の大本山、京都花園の「妙心寺」に 「明智風呂」と
呼ばれる湯屋がある。天正10年の本能寺の変から5年後の
1587年(天正15年)に造られたという。重要文化財。

蒸し風呂。「サウナ」というより「北欧、中東のスチーム・バス」。
簀(スノコ)の下の釜で湯を沸騰させ、そこから昇る湯気で汗を出し、
洗い場で 桶3杯のお湯で汗を洗い流して出る。湯につかるわけでは
ないから 衛生的でもある。

ブログ『靖のページ』で「妙心寺史には、『明智日向守光秀、天正11年
6月14日死、当文祿3年13回忌』とあり、これによると 光秀は小栗栖で
負傷して妙心寺に入り、同寺に潜伏して1ヵ年後に死去したという」。
とあるのを見つけた。そんな史料があるなら、もっと表沙汰に
なっても良さそうだが・・・・。 妙心寺の公式サイトには載っていない。

また、「光秀の叔父が妙心寺に出家しており、光秀は本能寺の変後、
この叔父に会いに来、自決しようとしたが、諌められた」とも。
その叔父が、光秀の菩提を弔って建てたようだ。

この湯屋は 僧侶だけでなく、一般人にも開放された。「施湯」で
あった。

京田辺市薪町の「一休寺・酬恩庵」にも「湯屋」がある。
妙心寺のと同じく「蒸気風呂」。江戸時代、1650年(慶安3年)方丈
再建の時に改築されたもの。こちらも重要文化財。

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