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世界の宗教(オスマン帝国・ソ連邦) 

2016年11月19日 外部ブログ記事
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旧オスマン帝国・ソ連領内の宗教と民族をめぐる対立

他宗教に寛大だったオスマン帝国は、領内にさまざまな宗教信者を抱えていた
イスラーム教に改宗する人々もおり、複数の宗教が混在する地域も現れた
オスマン帝国衰退で、多宗教混在地域ボスニア・ヘルツエゴビナ国家が成立
ソ連崩壊後の中央アジア諸国家には、イスラーム教徒が大半を占める国が多い
知識・意欲の向上目指し、記事を参考・引用し、自分のノートとしてブログに記載
出典、『宗教史(成美堂出版)』他引用&参照
 ☆本には、綺麗な絵画が記載されています










世界の宗教(『宗教史(成美堂出版)』、ネットより画像引用)

ユーゴスラビア連邦の成立
オスマン帝国の衰退期に、独立を果たしたバルカン半島諸国
南スラブ人(セルビア人等)による、ユーゴスラビア連邦国家を建立した
連邦内のボスニア・ヘルツェゴビナ国には、イスラーム教徒が多数派を占めていた
ボスニア・ヘルツェゴビナ国は、民族的には、セルビア人やクロアチア人
宗教で結びついた民族(ムスリム人)国家として連邦政府に認められていた

ボスニア・ヘルツェゴビナ国の冷戦終結
ムスリム人(約44%)、セルビア人(約32%)、クロアチア人(約18%)が混在する国
冷戦終結後ボスニア・ヘルツェゴビナでは、ユーゴスラビアからの独立をめっぐって3民族が対立
争いはデイトン和平合意によって終結したものの、現在も3民族の対立は続いている

旧ソ連のイスラーム諸国
マルクスが「宗教は精神的なアヘン」と唱え、共産主義のソ連では宗教は否定的に扱われてきた
ソ連邦内のイスラーム教徒たちは信仰を捨てることはしなかった
ソ連崩壊後に誕生した中央アジア諸国家には、イスラーム教徒が大半を占める国も多い
ウズベキスタンなどでは、過激なイスラーム復興運動もみられる
イスラーム国家樹立をめざす、武装勢力のテロも起きている

自爆テロ攻撃
『クルアーン(コーラン)』や『ハデイ一 ス』では、自傷行為や自殺は禁じられている
自爆テロは、レバノンのシーア派民兵組織「ヒズブツラー」が始めた攻撃手段
その際に、殉教の教えが悪用され、ほかの過激派組織にも模倣されるようになった
自爆テロは、イスラーム教で正当化されていない

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