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軍服を着ていない西郷隆盛像 

2016年08月29日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



西郷さんはなんで上野? なんで浴衣で犬?

軍服姿でないのは、恨みを忘れて解脱した、霊的な意味の守護者(西郷隆盛)がそこにいるからです
浴衣姿なのは、西郷隆盛さんの趣味「兎狩り」のいで立ちで、その為犬を連れています
BS11(尾上松也さんの古地図で謎解き!)の番組参考&引用
ヤフー知恵袋等ネット記事参考&引用
























尾上松也さんの古地図で謎解き!の番組画面他引用

上野の山は東京の「鬼門」
上野寛永寺に彰義隊がたてこもり、官軍(薩長軍)は彰義隊を攻撃しました
大村益次郎が、アームストロング砲をガンガン撃ちこみ、寛永寺は跡形もなく焼失しました
江戸城を引きついだ皇居(明治政府)は「鬼門ががら空き」で落ち着かない状態でした
明治政府としても、皇居の鬼門を守る強力なシンボルが必要でした

怨霊(守護神に変わる)
失脚・憤死・敗死した者は、怨霊となって祟りをなします
名誉回復し、丁重に祀れば、強力な守護神、「御霊」になってくれるとの信仰があります
菅原道真も平将門も、そのようにして神とされ、国家鎮護の役割を負ってきました

東京の「鬼門」守護西郷隆盛像
西郷隆盛は、明治政府樹立に、多大な功績残しながら、政争に破れて下野しました
荒れ狂い、反乱を起こし、国家の反逆者とされた西郷隆盛
明治憲法発布の恩赦により、名誉回復させた西郷隆盛
明治政府は、「鬼門」の銅像建築に関し「有志の募金により建てられた」という形にしました?
多くの明治人の「東京の鬼門を守りたい」という集団願望があったことは確かです
上野の西郷像は、「上野戦争」の戦勝記念が目的でありません
軍服姿でないのは、すべての恨みを忘れて解脱した、霊的な意味の守護者としてそこにいるからです

江戸幕府の守護神は、
平将門で、将門の首塚は大手町、江戸城の大手門のまん前にあります
明治政府も、東京は、同じくらいパワーのある「怨霊の守護神」を必要としました

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