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平成の虚無僧一路の日記

松見寺に夕鵞と愛?の碑文 

2016年06月30日 外部ブログ記事
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千葉県袖ケ浦三黒にあった虚無僧寺「松見寺」に愛?が起草して
夕鵞が書いたという碑文があるとのこと。その全文が、虚無僧研究会の
機関誌『一音成仏』第30号(平成12年)に載っている。
 
「夫(それ)神は風雨を領し禍福を掌(にぎ)る。正直を以て躰とし、霊験を
もて用とす。されば是を祈るものは己が心を正しく至善至直の性を認得す。
これを祀るに礼を以てし、祈るに理を以てし、事祀るに信を以てする時、
神と我一に和して感応ここにあり。ここに橘姫を祀る神社は、往昔、夫が
海の難に遭った時、身を海底に没してたちまち是を救う。(以下略)」
文意は
この松見寺の傍らに神社があり、そこに祀られている橘姫とは、
日本武尊命が、東征で房総沖に差しかかったとき、暴風雨となり、舟が
沈没しそうになった。その時橘姫が「竜神の怒りを静め和らげん」と
海中に身を投じた。そのことに天地は感応し嵐は静まり、日本武尊命は、
無事に上陸することができ、吾妻(あづま)よと叫んだ。予(自分)も
志を等しくして共に祈る。神は忠誠を憐れみてその災厄を解除してくれた。
我、神徳に感謝し、後人に善を勧め、悪を懲らさんと、心の行くところ
言葉は露を玉とあざむかず、誠実を素として記す」というもの。
「現清山寺の不着愛?が欽白し、松見寺看主の友鵞が謹んで書く」と。
つまり、仙石騒動で無罪となれたのは、日ごろ誠を尽くして
この神に祈ったから、霊験あらたかなりというもの。事件から
解き放たれた感謝の意をこめて建てられたものと分かる。
 
松見寺の建物は現在は無いが、三黒の旧家吉田氏宅に友?の認めた
短冊があり。
「ありがたき御代や 草にも照る 月夜」
「おろかさの限りと思ふ おのが身を 世に知られたる名さえ恥ずかし」 
 

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