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民話「山のせいくらべ」____マンションのイベント 

2016年01月17日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

岩波少年文庫・日本民話選・わらしべ長者・ 木下順二 より再話
(25分の話を10分にまとめた)


山のせいくらべ


あるところに、川を挟んで二つの山が、大昔から、並んで立っておった。
北の山は富士山のようにすらっと様子の良い山で、南の山は丸みを帯びてどっしりした山であった。

二つの山は、おなじくらいの高さに見えるので、麓の村人たちは、どっちが高いだろうと良く噂をしておった。
十数里離れた二つの山に、もし樋を掛け渡すことができたなら、水はどっちに流れるだろうかと。
南へ流れるという人もおったが、北へ流れると思う人の方が、少し多かった。

川は西から東に流れている。川上の西の村に、一人の若者が住んでおった。いや、住んでおったとは言えないかもしれん。
若者は家に居場所がないのだった。
たくさんの男兄弟の末っ子で、邪魔者扱いされ、こき使われるばかり。いくら一生懸命働いても、将来畑の一枚も貰える当ては全く無かった。
けれども若者はそんなことには頓着せず、毎日一生懸命働いておった。
何しろ分厚い胸板に力が漲っているような男であったから。

ある晩若者は夢を見た。
北の山の女神様が、
「私は南の山よりも脊が高くなりたい。小石一つでも良いから私の上に上げておくれ。そうしたら、お前の願いはなんでも叶えてあげます」といった。若者はそのまま眠り続けた。

ちょうどその頃川下の南の村を、とぼとぼ歩く娘がいた。
親がないばっかりに、親戚を転々として、どこに行っても邪魔にされ、こき使われるばかりで、ろくなものも食べさせてもらえず、ろくな着物も着せてもらっていないのだった。
今日も今日とて、些細なしくじりをきつく叱られて、飯を食わせてもらえず、たまりかねて夜中に飛び出して来たのだった。

星明りに川面を覗いたとき、お腹が空いている娘は、流れに引き込まれそうになって、「あっ」と言ってのけぞった。そのとき上の方から誰かの声がした。
振り向いたが誰もいない。暗がりに目を凝らすと、北の山の姿が微かに見えた。また、高いところから声がした。娘は、「あ、あの山だ」と感じた。声は、
「私はみすぼらしいのは嫌。脊が高くなりたい。小石一つでも良いから、私の上に上げておくれ。そうしたら、お前の願いはなんでも叶えてあげます」と言った。
娘は石を拾うと山に向かった。

一方、若者は、いつものように夜明け前に起きて庭で顔を洗い、腕をブンブン振り回して「さあ、今日も働くぞ」と言った。だがその時、夢のことを思い出した。
「そういやぁゆんべ夢を見たっけな。山の女神様が、背が高くなりたいと言うとった。それじゃあ朝仕事の前に、ひとっ走り山に登ってくるか」
暗がりで、一抱えもある石を見つけると、肩に担いで、ずんずん山に登って行った。

夜明け前の山は濃い霧に包まれていた。
だんだん明るくなるにつれ、木々の姿が霧の中に見えてきて、小鳥たちのさえずりが一斉に聞こえ始めた。

てっぺんに着いた時、丁度山の向こう側から日が昇るところだった。
若者は「あっ」と言って石を落とした。てっぺんに女神様が立っていたからだ。お日様を背にして立つ女神様の背中から八方に後光が差して、それはそれは神々しいお姿であった。
若者は喘ぎ喘ぎ言った。
「背が高くなりたいと言うことなので、石を持って来ました」
すると、女神様は戸惑ったように、
「あたしは、 あたしも、石を持ってきました」と言ってしゃがむと、若者が置いた大きな石の上に小さな石を置いた。

少し無言の時が過ぎて、若者は「あっ」と叫んだ。相手が女神様でないことに気づいた驚きであった。
「可愛い娘さんだ」と若者は言った。
「やっぱり、おらとおんなじ夢を見たのかね」
娘にはその意味がわからなかったが生まれて初めて、自分を温かい目で見てくれて、人並みに扱ってくれる人に巡り合った驚きでいっぱいであった。
「え、夢を見てここへやってきたのではないのかね」また若者がきいたのへ、
「夢?・・・夢かもしれない・・・」と答えながら、娘は一体なんで、自分はこんなところへ登ってきておったのだろうかと、初めて気がついたふうであった。
「どうした?何をぽかんとした顔で・・・うちはどこだ?」
「うちは、え、うちは無いのか?・・・うん?」
黙って若者を見上げていた娘の目から、突然涙が吹き出るようにわき上がった。それは多分、何やらわからぬ幸せと巡り合ったために溢れ出た涙だったのだろう。
娘は急に、小さい頃から今日までの自分の身の上を、若者に打ち明けたいという、気持ちになった。
吹き上がってくる涙をぬぐいもせずに、娘は昨夜川の岸での出来事を、そして夜中に川の岸をほっつき歩かねければならなかった訳を話し、幼い日からの身の上を詳しく語った。

しばらく時が過ぎて、お日様がやや高くなった頃、しっかりと手をつないで、山を駆け下りてゆく二人の姿があった。
若者は、「女神様はなんでも願いを叶えてあげると言われた。願いなど持ったことも無いおらであったが、やっぱり願いはあったのだと気がついた。
今日から家を出て、この人とこの山に畑を拓こう。厄介者のおらが家を出るといえば、みんなは喜ぶだろう。だがもしまだこき使っていたいと言うのなら、その時はこっちからおん出てやるまでだ」と心に決めていた。

若者に遅れまいとついて行く娘は、激しく波打つ胸の中で思っていた。
「みすぼらしいのは嫌と、女神様に言われたと思ったが、あれは私の気持ちが、声になって聞こえたのではないかしら。いままで、人は冷たいもの、私は生まれつきみすぼらしい女の子、そういうものだと思っていた。でも、私だってみすぼらしいのは嫌。胸を張って、人に愛される美しい女になろう。女神様はこの私の願いを叶えてくださるだろう」
娘は、若者の手を離すまいとしっかり握って、若者と肩を並べて、大股に駆け降りて行った。



後日談(私の創作で、この部分は語らない)後日談は聞いた人それぞれに想像して欲しいから、語らないけど、私はこんなふうに思いました。



若者が娘を連れてきて、家を出ると言うと、兄達はわらいました。何も持たずに飛び出して、やって行けるはずがない。乞食になるのがオチだろうと。

だが若者には自信がありました。子供の頃からこの山を知り尽くしていたからです。山菜採りも、キノコ採りも、誰よりも得意で、秘密の場所を持っていました。斜面に洞穴があって、中に泉が湧き出ていることも、知っていました。

時は春。二人は山菜を採っては街に売りに行き、必要な道具を買いました。
自分で作った弓矢で兎や鹿を獲り、食糧と、冬の衣類の準備をしました。罠で猪も獲りました。

街に下りる度に、二人は麓から石を持ち帰り、山の上に置いて女神様に感謝しました。
その合間に南の斜面に棚田を作って、米を作りはじめました。一人では出来なかったことが、二人でならできました。
貧しいけれど、二人が飢えたことは一度もありません。
二人は洞穴の前に小屋を建て、そこで子を育て、穏やかに暮らしました。

これも全て、山の女神様のおかげと、二人は石を上げ続けたので、北の山は南の山より少し高くなりました。


ひだまりのお仲間から、電話で「今日お餅つきよ、早く来て〜」ポスターを見ていなかったので、びっくりして慌てて一階に降りました。
餅菓子屋さんから、搗き立てが次々届いて、役員さんが餡や黄な粉をまぶしたり、海苔を巻いてお醤油をつけたりしてくれて、どっさり頂きました。参加したがらない夫の分も一皿頂いて、家に届けてから、お喋りに参加。
壮絶な介護をしている方は、夜中に何度も「飯を食わせない」と怒られて、その都度何か温めて食べさせるそうです。朝になって「昨夜は2度も起こされて、ご飯作らされた」と愚痴が出ると、「俺はそんなことしていない、お前が嘘ついている」と怒るので、何も言えない。デイサービスとショートステイを繰り返して、その間だけ奥さんはパートに出ている。深刻な話を笑い話にされています。認知症の旦那はまだ70歳。毎日ご飯を6回ぐらい食べて元気。昼夜が分からず、怒りっぽい認知症は厄介ですね。

あんこ餅など食べちゃうまで、カメラを出し忘れて、ビールを飲みながらお喋り。もっぱら磯辺餅で、ビール1缶。
せっかく大勢集まっても、お餅もらって帰る人が多く、交流は普段からお付き合いのある人たちだけで、あまり広がりません。

来年は役員なので、お世話する番にあたります。毎年のイベントですが、少しは交流が増えたでしょうか?

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