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平成の虚無僧一路の日記

やっぱり変「日本国憲法」 

2015年07月20日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



「憲法改正」か「改悪反対」か論議がかまびすしい。
ネットで、双方の主張をいろいろ見てみた。
「現憲法はGHQが一週間で作ったものを押し付けられたものだから」
というのは、ちょっと違うようだ。そんな、わずか一週間で作られたもんじゃない。
「松本烝治(ジョージ)国務相」を主任とする憲法問題調査委員会が起草した
原案は「旧憲法通り、天皇の統治権を認める」というもので、マッカーサーが
激怒、GHQの内部で一週間で起草させた。その背景には、ロシア、イギリス、
オーストラリアなどの戦勝国で構成する「極東委員会」が設置されることになり、
特にオーストラリアなどが「天皇を戦争犯罪人として起訴し、天皇制を解体する」
との強硬意見であったため、これを回避するために、「主権在民、天皇は象徴、
戦争の放棄」などの誓約を日本に求めたのであった。
戦争放棄については、GHQの押し付けではなく、幣原前総理がマッカーサーとの
対談で提案している。幣原案は「他国から攻められた時も、応戦しない」という
ものだったが、これはマッカーサーが削除したという。
さて、GHQは一週間で草案を作ったが、その後、日本側と一年もの間、
丁々発止の議論が尽くされているのである。その意味では「GHQが一週間で
作ったものを押し付けられた」というのはおかしい。
 
というわけで、憲法の条文をあらためて読んでみた。
まず「第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、
この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」
ここでもう私はつまづいた。「天皇を日本国の象徴とするのは、日本国民の
“総意”に基づく」とある。“総意”というのは「日本国民全員の意思」であろうが、
国民投票で諮ったわけではない。共産党などは当時も今も天皇制を否定している。
全員が賛成していないのだから「天皇が日本国民の象徴」というのは成り立たない
ではないか。

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