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「絶体絶命でも 世界一愛される会社に変える」という本 

2015年04月23日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



「96歳の遺言 戦争だけはやっちゃダメ」朗読の動画はこちらからご覧頂けます拡散をお願い居たします。
世の中ますますきな臭いので。

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今日は2ヶ月くらい前に予約して居た本を図書館の文官まで取りに行き、ついでに公民館に5月からの高齢大学の申し込みを済ませてきました。
今年から、別々に入学式も修了式も、三つの公民館それぞれで行うそうで良かったです。わざわざよその公民館まで行かないで済みます。

さて、やっと借りたのはこの本です。
30歳で産業廃棄物処理会社の社長になって、悪戦苦闘の末大成功を収めている女性のお話です。


1999年2月、テレビのニュースショーが、所沢の野菜からダイオキシンが検出されたといいたてて、所沢どころか、埼玉の野菜が売れなくなってしまいました。後で、野菜からはダイオキシンは検出されず,お茶の葉だけに認められたと,テレビは謝ったけれど、地元民には「ダイオキシン怖い」という印象が強く残って、所沢市、川越市、狭山市、三芳町にまたがるくぬぎ山という雑木林地帯にずらりとあった、産廃処分場を追い出しました。最大手の会社だけは、ダイオキシンを出さない施設を持っていたので、出てゆけと言われても出てゆくわけには行きませんでした。しかしダイオキシンが出ない設備でも、焼却すれば蒸気が出るのできみ悪がられ、設置してたった二年で焼却炉を取り壊しました。
その時自分に社長をやらせて欲しいと30歳で、2児の母だった長女が、創業者の父に申し出て、1年試しにやってみろと言われます。

それからの悪戦苦闘、汚ないイメージを変えようと、従業員に週刊誌やタバコの吸い殻を散らかすなと厳しくします。休憩室も一箇所にまとめて、時間内にサボらないよう厳しくします。次々と新しい提案をするので、年かさの男たちは腹を立ててみんな出て行ってしまいます。(結果従業員が若返りました)新しい人材を得るには、本社屋も新築、作業場も全て屋内にします。よそで扱えないものまで再資源化に成功。
近隣の人たちは逆に「建物の中に隠れて何やってんだか」と猜疑の目を向けます。
いろいろ苦労の末、廃棄物を燃やさず99%再資源化してその様々なリサイクル製品を売るようになります。
「環境 ISO3統合」を一年で達成。それからがまた面白いですね。周辺の荒れ果てたクヌギ林を借り受けて、そのために人を雇って整備し、花木園を作ったり、蛍を育てたり、日本ミツバチを飼ったり、環境改善に努めて、そこで近隣住民を招いて夏祭りをしたり、だんだんに近隣の理解を得てゆきます。
リサイクル工場に見学コースを作り、学校の社会科見学を呼び込んだり、どんどん有名になって、中南米の大使たちが見学に見えたり、総理官邸に呼ばれたり、大臣が視察に来たり。女性社長は大活躍。
テレビにもいろいろでました。

頭脳と、度胸と、体力で、大成功を収めるまでには、たくさんの涙を流し、大資本をつぎ込む起死回生の大博打もうち、本には書ききれない苦労があったでしょう。
シングルマザーになって子育てにも一生懸命。一男一女は立派に育っています。



私も練馬に住んでいた頃「所沢のダイオキシン騒動」はテレビで見ていました。いい加減なテレビ報道で、大混乱が起きたのでした。それにしても、元禄時代に拓かれた開拓地の里山が、90年台には産廃銀座になっていたのが、いまは、蛍や日本ミツバチが育つ綺麗な林になっているそうで、良かったですね。
三芳町の一番辺鄙な端っこに、広大な敷地を管理し、その二割だけをリサイクル工場に使っているそうです。遠いから行ったことはないけれど、見学したいものですね。

お昼に借りてきた本を、一気に読んだところです。もう一度ちゃんと読みましょう。

このお花なんでしょう?







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