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平成の虚無僧一路の日記

歴史に残るヤジ 

2014年06月23日 外部ブログ記事
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自民・鈴木章浩都議、ヤジ認める 「早く結婚すれば」(朝日新聞) - goo ニュース

都議会のヤジ。「セクハラ」と断定され、本人が謝罪。
恥ずかしい話だ。

国会中継を聞いていても、「ヤジ」がうるさくて、話が
聞けない場合が度々ある。これでは「成人式」で騒いだ若者に
「だまれ!」なんて言う資格は無かんべ。

さて、こちらは歴史に残る「ヤジ」だそうだ。中日新聞に
載っていた。


戦時中「中野正剛」が「東条英機首相」を批難する演説を
行った時、東条を支持する議員が 激しくヤジを飛ばして、
話が聞こえない状況になった。そこで、「うるさい!
茶坊主ども 黙れ!」と一喝したとか。その後、ヤジは
止んだのか、一そう激しくなったのかは書かれていない。


「中野正剛」の名を知る人も少なくなった。「中野正剛」は
東条を批判したことで、逮捕投獄された。そこで「子息を
最前戦のフィリピンに送る」と脅迫されて、東条に屈服し、
出所した後、割腹自決した。

「松岡正剛」が、「正剛」という名は、父親が「中野正剛」に
あやかって付けたと、ブログに書いている。


私の母の従妹が、「中野正剛」の弟の「中野秀人」の後妻に
なっている。剛毅な兄とは対象的に、弟の「秀人」は 詩人で
画家を志し、フランスに留学。フランス人と結婚。そのフランス人
妻を伴って日本に帰国したが、戦時下、フランス人女性に
向ける周囲の目は厳しく、彼女はフランスに帰ってしまった。
戦後、中野秀人の妻となったのが母の従妹。画家の名鑑には
載っているが、売れない画家で苦労していた。

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