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平成の虚無僧一路の日記

「青砥藤綱」って? 

2014年02月27日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



(社)実践倫理宏正会の会長「上広栄治」氏の著書『朝の誓い』に
「時、金、心の三つの無駄を排す」という項目で「青砥藤綱」の
話が引用されています。

『太平記』の巻35にある逸話。

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鎌倉幕府の御家人で名裁判官と言われた「青砥藤綱」は、
ある夜のこと、馬で渡河するさなか、10文銭を川に落して
しまった。そこで、供の者に 松明(たいまつ)を50文で
買ってこさせ、水の中を照らして 10文銭を見つけだした。

供の者たちは、「銭10文を得るのに 50文を使っては、
得たものよりも失ったものの方が大きい、大損だ」と
笑った。しかし青砥藤綱は、「10文を無くすことは、
天下の損失。その10文を探すために、松明で50文を
使ったことは、人々の為になったのである」と。

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さてはて、鎌倉時代の話が なぜ『太平記』に出てくるのだろう。
鎌倉時代の歴史書『吾妻鑑』などには「青砥藤綱」の名前は
出てこないので、そんな疑問を持ってしまう私。

調べてみました。
どうやら、「実在せず、架空の創作話」という説と「実在を
否定はできない」という程度の、不確かな存在のようです。

建武の新政から10年ほど経った興国年間に室町幕府の引付衆に
「青砥左衛門尉」なる奉行の名があるとか。

そしてまた、青砥左衛門尉は「きわめて質素に暮らし、倹約を
旨とした。他人に施すことを好み、入る俸給はすべて生活に
困窮している人々に与えた。藤綱がその職にあるときには、
役人は行いを慎み、風俗は大いに改まった」という。

私としては、役人と言えば“賄賂”がつきもの。その襟を
正させるために“理想の役人像”として、『太平記』の作家
によって創られた話と思えます。

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