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平成の虚無僧一路の日記

西郷頼母の子「吉十郎」は「隆盛」に預けられたのか? 

2013年09月21日 外部ブログ記事
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西郷頼母の長子「吉十郎」は、「函館戦争後、西郷隆盛に預けられ、
アメリカに留学し、西南戦争にも加わっていた。頼母は、吉十郎を
支援するための物資を送ったが、荷物は政府軍に差し押さえられ、
「西郷隆盛に通じている」という嫌疑をかけられた など、
尾ひれがついて書かれているが、これについては 確証は無い。

「吉十郎」は、箱(函)館の「沢辺家」に預けられた。
堀田節夫著『西郷頼母』によれば、

「吉十郎」は箱館で、ギリシャ正教の神父となっていた「沢辺琢磨」に
預けられたという。「沢辺琢磨」は、なんと「坂本龍馬」の従弟の
「山本数馬」。NHK大河ドラマ『坂本龍馬』でも登場していた。
拾った時計を質屋に売ったことがバレて、江戸払いとなった人物。
その後、箱館に逃れて、「神明宮宮司・沢辺梯之助」の婿養子
となり「沢辺琢磨」と改名していた。新島七五三太(新島襄)が
米国へ密航する時手助けをした人物としても知られる。

「吉十郎」はその沢辺家に預けられていたという。明治4年には
西郷頼母とともに伊豆に移り住んだようなので、西南戦争に
従軍していたかは疑わしい。

坂本龍馬の従弟「山本数馬」。『八重の桜』の山本八重の兄は
「山本覚馬」。ついでに福沢諭吉が長崎で師事した砲術家は
「山本物次郎」。「覚馬」同様、盲目だった。ややこしかぁ。

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