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平成の虚無僧一路の日記

「藤圭子」の葬儀 

2013年08月27日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



22日に自殺した「藤 圭子」。享年62。

「故人の遺志により、知人、友人の面会は受け付けず」、
祭壇も葬儀も無し、親族のみで荼毘に付すとのこと。

遺書も無かったのに「故人の遺志により」とは、
どういうことだろう。事前に取り決めてあったのか。

「碑文谷斎場」とは驚き。私の実家のすぐそば。
私の最期と照らし合わせて、はなはだ関心が深い。

離婚しているから「宇多田照實」氏は 親族ではないはず
だが、「照實」氏が一切を取り仕切っているようだ。

(私の葬儀には、別れた妻も娘も来ないだろうな。誰が
やってくれるんじゃろ。無縁仏として警察で処理か)

血のつながるただ一人の親族「宇多田ヒカル」はまだ姿を
見せていないと。

6年前から同居していたという30代の男性は、親族では
ないから、葬儀には現れないのだろう。

娘「ヒカル」との関係が気になっていたが、「ヒカル」の
名で公式メッセージが出された。

「母が長年の苦しみから解放されたことを願う反面、彼女の
最後の行為は、あまりに悲しく、後悔の念が募るばかりです」と。

さまざまな憶測に応えて、母親(藤圭子)が 長期間「精神の病に
苦しめられていた」ことを明かし「幼い頃から、母の病気が進行して
いくのを見ていました。症状の悪化とともに、家族も含め人間に
対する不信感は増す一方で、現実と妄想の区別が曖昧になり、
彼女は自身の感情や行動のコントロールを失っていきました。
私はただ翻弄されるばかりで、何も出来ませんでした」と。

「誤解されることの多い彼女でしたが… とても怖がりのくせに
鼻っ柱が強く、正義感にあふれ、笑うことが大好きで、頭の回転が
早くて、子供のように衝動的で危うく、おっちょこちょいで放って
おけない、誰よりもかわいらしい人でした。悲しい記憶が多いのに、
母を思う時心に浮かぶのは、笑っている彼女です」と偲び、
「母の娘であることを誇りに思います。彼女に出会えたことに
感謝の気持ちでいっぱいです」と。

その言葉に、救われる思い。

その「宇多田ヒカル」も、10代で記録的なヒットを放ち、
結婚と離婚を経験し、28歳で突然“歌手休業”。その道程は
くしくも母「藤圭子」と同じ。

「藤圭子」の母親は“瞽女(ごぜ)”だったというのもすごい。
(竹山澄子さん。 2010年に80歳で亡くなられた)

あの「藤圭子」のドスのきいた、地の底から響く声は、まさに
“瞽女(ごぜ)”の血。今、「藤圭子」のCDが大ヒット中とか。
「藤圭子」ここに蘇り。うれしいことです。(合掌)

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