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平成の虚無僧一路の日記

伊藤欄の曽祖父は広島市長だった! 

2013年08月24日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



水谷豊&伊藤蘭夫妻、平和への想いを広島から発信!(ORICON STYLE) - goo ニュース

「はだしのゲン」の下劣さに比べれば、『少年H』は
数段“品よく”庶民感覚で、平和を訴える作品となって
いる。

「水谷豊・伊藤蘭」夫妻が、ドラマでも夫婦役を演じた
ことが、リアリティを増している。

そのご夫妻、8/26日、『少年H』の全国キャンペーンで
広島市の松井一實市長を表敬訪問した。

松井市長は、「水谷さん演じる父親が“H”に諭す言葉の中で、
いろんな因果関係を経て、何かが起きたときに、直接被害を起こした人を
すぐに責めるのではなく、その次のステップを考えることが大事だ
ということを伝えていましたが、その父親像や考えは平和都市・
広島に相応しいなと思い、涙が出ました」と感想を伝えた、
と、ニュース記事。

“なるほど”。「直接被害を起こした人をすぐに責めるのではなく、
その次のステップを考えることが大事」。こちらこそ、教育現場で
教えるべきことではないですかね。

「水谷豊」も「暗い時代ながらユーモアを持って生きていた日本人の
姿に誇らしさを感じました。ユーモアを忘れない松井市長の姿も、
同年代のものとして誇らしいです」と。

そして「伊藤欄」。なんと曽祖父が「15代 広島市長・伊藤貞次氏」
とは恐れ入りました。その伊藤欄さん、「今日初めて まじまじと
曽祖父の写真を市長室で見ました。兄にそっくりでした」と。
キャンディーズのイメージ ぶっとび〜です。

「伊藤貞次」氏は、昭和5年〜9年、広島市長を勤め、昭和18年
(1943年)、65歳で亡くなっている。

18代 広島市長「粟屋仙吉(あわや せんきち)」は、昭和18年7月10日
市長に就任し、昭和20年8月6日、原爆で亡くなった。キリスト教徒で
特に母親は教会の奉仕活動に熱心であったというから、「少年H」の
母親(伊藤欄)に かぶります。アーメン。

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