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何も知らない「日章旗」 

2013年06月23日 外部ブログ記事
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教育現場では、教育しない『日の丸』の歴史

世界の国旗に興味を持ったら「日の丸」の歴史は?

日本の国旗
日章旗と呼ばれ、日本では(ひのまる)と呼ばれています

国旗以前の歴史
原始宗教では、太陽が信仰の対象で、日本の国家統治と太陽の結びつきが強いです
聖徳太が隋の皇帝へ「日出処天子」の手紙送り、国号を「日本」(日ノ本)命名しました
平安時代まで、朝廷の象徴の錦の御旗は、赤地に金の日輪、銀の月輪でした
豊臣秀吉の朱印船貿易では、船の船尾に日の丸の旗が掲げました
戦国時代には伊達氏が軍旗・日之丸大龍を用いました


(引用)
江戸時代
「白地に赤丸」は、デザインとして普及していました
狩野派などは、赤い丸で「旭日」の表現を多用してました
将軍家の所持船には、日の丸を用いることもありました


琉球軍の日の丸(引用)
沖縄学に見る日章旗
太陽神の象徴(日の丸)が、首里王府の石碑に刻まれています
日の丸を航海の安全を叶える太陽神として掲げていました


幕府軍観光丸(引用)

幕府軍旭日丸(引用)
幕末
幕府海軍の観光丸に日の丸を掲げ、ロシアの南下政策を警戒しました
洋式軍艦「昇平丸」に日章旗を掲げ、日本の船旗として掲揚した一号です
幕府使節団は、米国で、国外で初めて日章旗を掲げパレードしました
彰義隊等幕府軍は、日章旗を掲げ戦いました

明治から昭和・終戦まで
日章旗は、国旗として扱いましたが、法令で決めてません
「大日本帝国国旗法案」が提案されましたが、法案として成立しませんでした

占領下で日章旗の掲揚禁止
連合国軍総司令部の指令で、日章旗の掲揚が禁止されました

第二次世界大戦後から、国旗国歌法制定までの間、
「反・日の丸」の勢力は、日章旗の国旗としての法的正当性に、疑義を唱えました
日章旗を国旗と認める勢力は、日章旗が日本国旗であることは、慣習法と主張しました


日章旗(引用)
国旗国歌法の成立
掲揚に反発する日本教職員組合のトラブルから、高校校長が板ばさみで自殺者しました
1999年国旗国歌法が成立し、『日章旗』が国旗として定められました
旗は、縦横比を2対3、旗の中心に円を描くのが正式です

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