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平成の虚無僧一路の日記

大垣屋(大沢)清八 

2013年03月25日 外部ブログ記事
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『八重の桜』第12回は「蛤御門の変」。
戦争は一日で終結したが、京の町は3日4晩
燃え続け、3〜4万戸もの家が焼けてしもうた。

長州が3千の兵を引き連れて上洛し、御所に発砲。
薩摩が長州藩邸を襲撃して火を放ち、それが元で、
京の都が大火となったのに、京童は、会津を“鬼”
とののしり、覚馬たちに石を投げる。悔しいですね。
「新撰組」があまりにも凶暴で恐れられたから
でしょうか。

どうやら長州は、多額の金をばら撒き「幕府を
倒せば、年貢も半減され、暮らしも豊かになる」
と喧伝してたようです。それを阻んだ会津は憎いと。


そこで登場したのが「松方弘樹」さん演じる
「大垣屋清八」。会津藩の御用商人。
「戦をするのが お侍さんの商売ですが・・・(庶民は
たまったもんじゃない)」というようなことを、
実に旨く表現していました。
「西洋の学問しても、家焼かずに済む戦のやりようは、
わからんもんでっしゃろか?」と。

この時、山本覚馬の胸に深く刻まれるものがあり、
覚馬は 明治以降、京都の復興に尽力するのです。
今までのドラマでは描かれることの無かった「京都の
ドンと焼き」を、東日本大震災の復興と重ね合わせる
意図がここにあったようです。

「松方弘樹」さんが演ずるのですから、明治以降も
山本覚馬や新島襄と深く関わる重要な役回りの
ようです。

ネットで調べると、「大垣屋清八」は 実在した
人物でした。

「大垣屋清八」の養子となった「大澤 善助」が
「大沢商会=現 大沢商会グループ」の創業者で、
京都電気鉄道の創立者とのことです。

原作者は実によく史実の細部まで浚って、上手く
組み立てていると感心します。

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