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平成の虚無僧一路の日記

熊沢天皇 

2010年06月19日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



しまった。明治天皇は、長州萩に匿われていた南朝の
末裔 大室寅之祐 だという話だ。

昨今、若いもんに「南朝だ北朝だ」と言っても、サッパリ
通じない。教科書も「南北朝時代」は「吉野朝時代」と
書き換えられているそうな。

さて、南朝の末裔と称する系統は、他にもあったようだ。
水戸光圀が「大日本史」を編纂し、「南朝こそ正当」とする
論に火を付けたのだが、その水戸藩は、やはり「南朝の
末裔」と称する「熊沢天皇」を 擁護していたのだ。

私の子供の頃、すぐ近くに「熊沢天皇」の家があった。
薄暗く、しんきくさい家だった。熊沢天皇こと熊沢寛道は
名古屋で雑貨商を営んでいた。戦災で焼け出され、戦後
東京に出た。そして、言論の自由の風潮の中「われこそは
南朝の正当の天皇である」と名乗り出て一躍有名になった。

しかし晩年は周囲も家族からも見放され、昭和41年
ひっそりと亡くなった。]]>

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