“オスカーダービー”がより楽しめる!おすすめのノミネート作品とは?
掲載日:2022年02月28日

“オスカーダービー”がより楽しめる!おすすめのノミネート作品とは?

3月28日(日本時間)に開催される第94回アカデミー賞。
どの作品が選ばれるか?俳優や監督たちがどんな衣装で現れるのか?
米国の映画賞とはいえ、毎年、世界中が注目する映画の祭典です。

そんなアカデミー賞を、今年は少し異なる方法で楽しんでみませんか?紳士淑女のたしなみである英国競馬をもじった“オスカーダービー”という楽しみ方。日本でも、受賞作品を予測して楽しむ人々は少なくありません。特に近年、アカデミー賞の授賞式前に公開、配信される作品も多く、以前よりずっとオスカーダービーに参加しやすくなりました。

今年の作品賞にノミネートされたのは下記10作品。

【作品賞】
『ウエスト・サイド・ストーリー』スティーブン・スピルバーグ監督(公開中)
『コーダ あいのうた』シアン・ヘダー監督(公開中)
『DUNE/デューン 砂の惑星』ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督(Amazon Prime)
『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介監督(Amazon Prime)
『ドリームプラン』レイナルド・マーカス・グリーン監督(公開中)
『ドント・ルック・アップ』アダム・マッケイ監督(Netflix)
『ナイトメア・アリー』ギレルモ・デル・トロ監督(3月25日公開)
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』ジェーン・カンピオン監督(Netflix)
『ベルファスト』ケネス・ブラナー監督(3月25日公開)
『リコリス・ピザ』ポール・トーマス・アンダーソン監督(夏公開予定)

米国、英国で製作された作品が並ぶ中、ノミネートされた日本映画『ドライブ・マイ・カー』。しかも日本映画が作品賞、脚色賞の候補となるのは初(監督賞は『砂の女』の勅使河原宏監督、『乱』の黒澤明監督に続く3人目)で、他にも監督賞、国際長編映画賞と計4部門にノミネートされています。
米国の大手映画誌がこの時期に発表するオスカーダービーの予想下馬評。それを見ると、作品賞部門はジェーン・カンピオン監督の『パワー・オブ・ザ・ドッグ』が断トツの予想。『ドライブ・マイ・カー』も国際長編映画賞部門では断トツです。

加えてもう一部門、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』と互角と、受賞の可能性が示唆されているのが脚色賞部門。もしかすると今年は、『ドライブ・マイ・カー』が日本映画に新たなる部門のオスカー像をもたらすかもしれません。
“オスカーダービー”がより楽しめる!おすすめのノミネート作品とは?

『ドライブ・マイ・カー』はどんな作品?

さてそんな話題の濱口竜介監督『ドライブ・マイ・カー』。どんな作品なのか少しお話させてください。

原作は村上春樹さんの短編集「女のいない男たち」 (文春文庫)の中の一篇「ドライブ・マイ・カー」です。

脚本家の妻、音(霧島れいか)との間に、目に見えない壁を感じていた俳優で演出家の家福(西島秀俊)は、その距離を修正できないまま、ある日、妻を亡くします。妻との間には揺るぎない愛があったと確信してはいたものの、彼女が若い俳優と不倫を繰り返していたことも家福は知っています。

音を亡くした2年後、家福は演劇祭のワークショップと演出の仕事を引き受け、愛車の赤いサーブで広島に出向きます。演劇祭はドライバーを用意しており、家福は不承不承、愛車とハンドルをドライバーの渡利みさき(三浦透子)に任せることに。そのワークショップのオーディションには、音と不倫関係にあった若い俳優、高槻(岡田将生)も参加していました。
『ドライブ・マイ・カー』はどんな作品?

「ワーニャ伯父さん」と『ドライブ・マイ・カー』

家福らがワークショップを行う作品は、チェーホフの「ワーニャ伯父さん」。『ドライブ・マイ・カー』は、「ワーニャ伯父さん」のワークショップと並行して描かれていきます。

体験したことのある方は「ああ」と納得していただけると思いますが、演技をするということは、少し恰好をつけて生きていきたいと思う人にとっては、なかなか恥ずかしい作業ですよね? 自分ではない人を“演じる”わけですが、人間が演じる以上なんらかの形で演じ手自身が役に投影されます。もちろんプロの俳優は意図的に自分をまぶしていくわけですが、ふとした瞬間ににじみ出てしまうこともあります。特に少し自分を良く見せたいと思った瞬間が投影されてしまった場合、無自覚の“虚飾”を見せつけられたような、裸になったような恥ずかしさを覚えるわけです。

簡単に言うと、『ドライブ・マイ・カー』は、人は何かしらの問題や秘密を抱えながら生きていますが、大切な他者と理解し合うためにはそんな恥ずかしい瞬間もさらけ出して見せることが必要。それにいつ気づけるかという作品だと言えます。当たり前と言えば当たり前のモチーフですが、人は自分を守るため、なかなか鎧を脱げないのです。
「ワーニャ伯父さん」と『ドライブ・マイ・カー』

脚色賞ノミネートのポイントは?

徐々にわかってくるのは、家福は音との問題、みさきは母親との問題、高槻は俳優として中途半端であるという自分自身の問題の、解決の糸口を見つけられずにいること。映画はそれらをワーニャやソーニャ、エレーナ、アーストロフら「ワーニャ伯父さん」の登場人物の問題とリンクさせ、ワークショップの中で描いていきます。

脚色賞にノミネートされたのは、このあたりの描き方の素晴らしさにあるのだと思います。また映画の中のワークショップにはアジアのさまざまな国から参加しており、彼らがそれぞれの役を母国語で演じるのも興味深いところ。最初はお互いの会話が終了したかどうかも分からないところからワークショップはスタートします。

例えば、エレーナを演じるのは台湾出身の俳優ジャニス・チャン(ソニア・ユアン)、ソーニャを演じるのは韓国出身の言語機能に障がいを持つイ・ユナ(パク・ユリム)、セレブリャコフ教授を演じるのはフィリピン出身の映画監督でもあるロイル・セロ(ペリー・ディゾン)という具合。その設定は、演じた本人とほぼ同じです。

ジャニスの台詞に「相手の台詞まで覚えてはじめて相手の感情にももっと注意を向けることができて反応もできるようになります」というものがあります。相手の台詞まで覚えさせるというのは家福の演出方法ですね。そんな家福の台詞には「チェーホフのテキストを口にすると自分自身が引きずり出される気がする」というのもありました。

運転するのは自分ひとりの時間を持つためだった家福は、当初、みさきにハンドルを預けたくありませんでした。時間と共に、みさきの運転を自分が運転するよりも心地よいと感じ始めた家福は、彼女に同士的感情を抱いていきます。みさきも同様であったよう。運転を教えてくれた母との間に行き場のない思いを抱えていることを、家福に吐露します。そんな2人が始める、約2000キロメートルのドライブ。言葉は少ないのですが、2人のドライブにはさまざまな思いが描かれます。これこそ映画でしか語れない演出です。

私たちは日々多くの情報を受け取っていますが、無意識に流していることも多いような気がします。全部を受け止めていたら、辛いし、やりきれないからなのかもしれません。だから少し意識しただけで、ものすごく多くの情報を受容した感覚になることもままあります。それでもたまに自分を、大切な人を、さまざまなことを意識すること、そしてプロテクターを外してすべてをさらけ出すことは必要。そうこの映画は私たちに教えてくれるように感じます。

映画を観ると「ワーニャ伯父さん」の舞台を観たくなり、チェーホフの本を読みたくなります。ぜひ「ワーニャ伯父さん」を通して、家福の気持ちを味わってみてください。

  

■映画『ドライブ・マイ・カー』公式サイト<TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー中>

脚色賞ノミネートのポイントは?

関口裕子 プロフィール

「キネマ旬報」、エンタテインメント業界紙VARIETYの日本版「バラエティ・ジャパン」編集長を経て、フリーランスに。執筆、編集、コンサルタントとして活動中。趣味は、歴史散歩。

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