いくつになっても人生は変えられる!映画『テーラー 人生の仕立て屋』
掲載日:2022年02月16日

いくつになっても人生は変えられる!映画『テーラー 人生の仕立て屋』

2022年3月2日(水)DVD発売&デジタル配信開始⇒ 発売&配信情報


ある映画監督をインタビューした際、「この穴にはどんな意味があるか知っているか?」とスーツの左襟にあるボタンホールについてたずねられたことがあります。スーツのラペル(下襟)にあるのでラペルホールとも、フラワーホールとも呼ばれるこの穴。よく、結婚式で新郎が胸花をここに挿していたり、会社の社章を止めていたりするのを見かけます。

でも本当は、本来、首まで閉めることができる燕尾服やミリタリーコートの名残りなのだそう。さらなる防寒着を用意できない狩りや戦場では、ハイネックになるように上着のボタンを首元まで閉めて寒さをしのぎ、暑くなれば襟を開ける。それがスーツへと進化していく過程でボタンはなくなりますが、ボタンホールは残ったということなのだそうです。

要するに、「その形になったのには意味があり、なんとなくそうなったものなどないのだ」。そう映画監督はおっしゃったわけです。監督の名前は、ピーター・グリーナウェイ。『コックと泥棒、その妻と愛人』(1989)などを撮った名匠です。
いくつになっても人生は変えられる!映画『テーラー 人生の仕立て屋』

『テーラー 人生の仕立て屋』はこんな物語

『テーラー 人生の仕立て屋』(2020)を観ながら、久々にあのときのやり取りを思い出しました。この映画が、テーラーを舞台にしているからということもあります。それ以上に、ある“形”ができあがるまでには、そうなるにふさわしい理由がある。そのことを、じっくり確認することができたのが大きいかもしれません。

主人公は、父親と2人で36年間、ギリシャの首都アテネで高級スーツのテーラーを営んできた50歳のニコス(ディミトリス・イメロス)。高価なオーダーメイドスーツをあつらえる人などいない大不況の最中、父親が病に倒れ、店はローンの返済に行き詰り、八方ふさがりのニコスは、テーラーを飛び出し、市場に露店を出すという奇策を実行します。

周囲の人々は、いい歳をしたニコスの突飛な行動にあきれ気味。でも東欧出身と思われる隣家の外国人妻オルガ(タミラ・クリエヴァ)とおませな娘のヴィクトリアの応援もあって、ニコスは“ウェディングドレス”という新たなビジネスの糸口を見つけます。
『テーラー 人生の仕立て屋』はこんな物語

納得!ニコスがたどり着く形とそうなる理由

その形に決まるまでにはそうなる理由があるのだなあと感じたのは2つ。

まずはニコスの青空ウェディングドレス事業。魚屋や古本屋が並ぶ青空市場にワゴンを置いて受付を行い、そのお宅を訪ねてフィッティング。不況にあえぐ人々にも買える値段で商品を提供しようとします。

行き当たりばったりの行動にも見えますが、これを実現できたのはニコスがテーラーとして卓越した技術を持っていたからこそ。その上で、父親をはじめとする周囲の目や、失敗する可能性を恐れることなく、自分の力をこれまでとは異なる視点から見極め、活かす勇気を持ったことで、形になったのだと思います。
納得!ニコスがたどり着く形とそうなる理由

ガジェット好きにはたまらないニコスの家

もうひとつは、事業だけにとどまらない暮らしのミニマル化。ニコスが住んでいるのは、テーラーの奥。店との間仕切りを倒すと現れる壁面収納ベッド、上げると小さな食卓が現れます。その食卓に自作の白いテーブルクロスをかけ、ささやかな食事をとるニコス。生活費を抑えるためなのでしょうが、貧しさは全く感じられません。むしろガジェット好きにはたまらないミニマルハウス。仕事道具も天秤のような装置で上がったり、下がったり。必要なときにサッと取り出すことができるように工夫されています。

住居だけでなく、テーラーの仕事を外に持ち出すにあたって作ったワゴンもそう。必要な道具をきっちり収めた小さなワゴンは、こんな移動式テーラーが街角に停まっていたら思わずのぞきたくなってしまう可愛らしさです。
ガジェット好きにはたまらないニコスの家

いくつになろうが新たなる出口は見つかるはず!

こういうことを実現したい。それを効率的に実現するには何が必要か? どうすればいいのか? それを突き詰めていったのが、ニコスがたどり着いた形態なのだと思います。

その形になったのには意味があり、なんとなくそうなったものなどない。本当にその通りです。新しいことにチャレンジすることを恐れず、自分が必要としていることをきちんと見極めさえすれば、50歳になろうが、いくつであろうが関係ない。『テーラー 人生の仕立て屋』は、そんなふうに勇気づけてくれる、とびっきり素敵な作品でした。


文:関口裕子
<プロフィール>
「キネマ旬報」、エンタテインメント業界紙VARIETYの日本版「バラエティ・ジャパン」編集長を経て、フリーランスに。執筆、編集、コンサルタントとして活動中。趣味は、歴史散歩。

2022年3月2日(水)DVD発売&デジタル配信開始⇒ 発売&配信情報

いくつになろうが新たなる出口は見つかるはず!

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